㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「・・・お前は自分で挨拶のために起きるという事は考えないのか!」
「・・・俺が起きるとユニも目が覚めてしまいますから。」
「そこはっ!加減しろ!静かに行動すればよいではないか!」
「俺にそんなことができるとお思いですか?」
「そこをできるようになれ!」
部屋の隅で執事は笑いをこらえ、屋敷内の仕事をする下人は庭で笑っている。外まで丸聞こえの父子の会話。内棟には流石に内容までは聞こえなかったが、おせっかいな下女がしっかりと聴きとって告げ口にやってきた。だからユニは真っ赤になって二人の母の前でうつ向いているしかなかった。
短気なジェシンの父は、それでも結構我慢したのだ。日が高く昇り、それなりに朝のあれやこれやが一通り済んだあたりまで花婿を寝坊させてやったのだから。しかし、でん、と座って昨日の婚儀の礼を述べに来るはずの息子は、起きて来る気配すらないと、様子を見に行かせた執事は言う。執事だって流石に部屋を覗くわけにもいかず、内棟に出入りする奥付きの下女に頼んで様子をうかがってもらうしかなく、自らも内棟の裏手に回って部屋の窓あたりをうろうろとはしてみたものの、静まり返ったままの部屋の様子にどうしようもなかったのだ。最終的に起こせと命令されて、仕方がなく奥方様に泣きついた。ジェシンの母は、下女一人を従えて花嫁花婿の眠る部屋の前に行き、そろそろユニの世話をしてやらねばなりません、と呼び掛けてどうにかジェシンを起こしたのだった。
ジェシンは着替えて顔を洗うとそのまま父のところへ挨拶に行くよう促され、ユニは下女二人が世話をし、身支度をさせて、母二人の待つ部屋へ挨拶へと出向いた。挨拶はとりあえずしたが、ユニに用意されていたのは、白湯と、温かい茶と、そしてアワビ粥にワカメの汁物だった。かつて花嫁だった母二人の、初夜を過ごした娘へのせめてもの体への気遣いだったのだ。
母たちは何も聞きはしなかった。静かにユニの様子を見守り、ユニが白湯も茶も、そして膳の上の温かな食事もしっかり食べるのを穏やかに見守った。聞かなくても分かったのだ。どんなに昨夜、花嫁が花婿にかわいがられたか。重だるそうな体の動きと、少し高いのではないかと思える体温。それは未だに上気している体のせいだろうし、少し潤んだ瞳は、ぼうっと昨夜の熱を引きずっている。
「眠いのなら、このままこちらで休みなさい。」
とジェシンの母が優しく言うと、ユニの母も
「そうさせてもらいなさい。明日からはお屋敷内の采配を奥様に教えていただきながらせねばならないのですから。」
と付け加えた。確かに体はあまり自分の言うことを聞かないのは自覚があった。頭もぼうっとしている。寝不足でもあるだろう。
「でも、お義父様に挨拶をしていません・・・。」
そう言うと、母たちはにこにこと笑う。
「旦那様は、ユニは今日一日休息日だと申されていましたよ。挨拶はジェシンがいたしておりますよ。挨拶は、出来るなら夕刻で十分ですよ。」
ジェシンの母に微笑みながらそう諭されると、それでいいのかと、温かいもので膨れた腹のせいか、瞼が重くなる気がする。そんな時に下女がジェシンと父の言い合いを言いつけに来たのだ。母二人は笑っているが、ユニは少々いたたまれない。
起こされたときも恥ずかしかったのだ。流石に母の声に、ジェシンは跳ね起きた。おかげでユニも覚醒した。本当にそこまで一度も目が覚めなかったのだ。覚醒して、床に座ったジェシンをぼうっと見上げ、呼びかけた母の言葉に返事しているのをみて、お兄様、お母さまに叱られているわ、とのんきに思ったのも一瞬、自分の肌を撫でる空気のひんやりしていることに気づき、はたとめくられた上掛けの下にあった自分の姿を見て見た。勿論、はだけてゆるく、肌が存分に露出しているのが見えただけだったが。
其れなのに、その寝坊についてお兄様とお父様が言い合いしているなんて、それもみんなに聞こえる大声で、といたたまれない。なのに母二人はにこやかに笑っている。
「ユニや、婚礼とは、窮屈で、作法に縛られて、けれど幸福で、楽しくて、そして後で考えればおかし気なことが沢山あるものですよ。さあ、お前は休みなさい。」
ユニが顔を隠したままなのを咎めもせず、長座布団に上半身を横たえさせる母二人のなだめる声に、ユニはいつの間にか眠り込んでしまっていた。