赦しの鐘 その106 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ゆらゆら ゆらゆら

 子供をあやすかのように揺れる。気持ちがいいけれど、じっと目を見つめられているのは恥ずかしい。だけどそらすのもいや、とユニは思いながら揺らされる。揺らされながらも止まらないジェシンの口元は、『桃夭』を謳いきった。穏やかな低い声をすべて聞き取って、ユニはほほ笑む。意味はよく知っている。それこそジェシンに教えてもらった。義兄二人が学問を自習している隣に陣取って、一緒に素読を生意気にもしていた幼い日。ジェシンはその頃から詩に傾倒していて、詩経を読みこんでいた。その言葉の抑揚の美しさをまねして、ユニもよく音読した。その時に意味も一緒に教えてもらった。

 

 けれど今、この時、はっきりとその意味はユニの血肉となった。ああ、と思った。その言葉の寿ぎがジェシンの声にのってユニの脳髄をしびれさせていく。ああ、私は嫁いだのだ。この人に。お兄様に。今日から旦那様となった人に。

 

 「眠っちゃっていてごめんなさい、お兄様。」

 

 でも、もう少しだけ、夜が明けるまでお兄様と呼ばせてほしい。

 

 「疲れただろう。朝早くから支度して、その後は座りっぱなしだった。」

 

 咎めもせずに、ゆらゆら、と逞しい腕はユニを揺らす。

 

 「お兄様も、いろんなお客様とのご挨拶、大変だったでしょ。」

 

 くすくす、と笑う。この、普段不愛想な人が頭を下げて挨拶をする姿などあまり見たことがなかった。礼儀知らずなのではない。ただ、不愛想なのだ。心にもない礼も今日は口にして頭も下げたのだろうと思うと、自分のために頑張ってくれたような気がしてうれしくなってくる。

 

 遠くでにぎやかな声が聞こえてくる。宴は夜通し続くだろう。疲れた人から帰り、明日の仕事がある人も帰り、遠方の親戚は泊まる部屋がある。だが、主役の花婿花嫁が退席した宴席では、声高に政論がやり取りされるだろう。婚儀の宴などそんなものだ。だからもう、外から聞こえる宴席の声はただの音、今日婚儀を挙げた二人には関係のない事だ。

 

 「ユニよ、とうとう本当に家の人間になったなあ。」

 

 ジェシンは少し酔っている声で話しかけてきた。キム家からの預かりものだったユニ。戸籍は動かさなかった。体を治そうとしているユニの母に、簡単に娘ごをくれなどとは言えなかったのだ。けれど実子以上にかわいがってもらった記憶しかない。ムン家の両親にも、義兄二人にも。下人下女もユニに優しかった。本当のムン家の娘だった。だが、戸籍上は他家の子。とうとう、その建前上の籍も、名はキム・ユニとしてそのままだが、ムン家の妻としてその列に入るのだ。書類上でも二人は繋がれた。

 

 ゆらゆら揺れる。そうやって二人で見つめ合っていると、宴席の音とは違うものが聞こえてきた。

 

 インジョンの鐘。

 

 その音を最後まで二人は揺れながら聞いた。ユニの母が恐れた音。全ての始まりの音。今、新しい人生の旅立ちの時を知らせているような気がした。もう怖い音ではない。これから始まるのは、手を取り合って幸せになろうとする日々だ。

 

 「目は覚めたか?」

 

 囁き声が降ってくる。鳴り終わった鐘の音の余韻のように。

 

 「ええ。」

 

 とユニも囁いた。囁いて、腕をそっと伸ばした。ジェシンの目が丸くなる。けれどユニの両腕が自分の首の後ろに回ったとき、その目はすうっと細くなった。

 

 「・・・どこで覚えた?」

 

 こんな仕草、と聞くと、つん、と唇が尖った。

 

 「知らない。したくなっただけ。」

 

 と生意気な唇が返してくる。明かりに揺らめくその白い顔はほんのりと上気し始めて、言葉の生意気さと裏腹な初心さをちゃんとジェシンに教えてくれた。

 

 「そうか。じゃあ、本当に夫婦になろうか。俺と一緒に。」

 

 そう返してやると、ユニは嬉しそうに笑った。一緒に、一緒ね、と繰り返して腕で首を引き寄せるように体をよじって喜ぶ。子供じみているのに、仕草全てが女で、ジェシンはくらくらとした。

 

 鐘の音が連れてきた夜が始まろうとしていた。

 

 

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