㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
酔いの回ったいい年の大人たちを残して、ジェシンは屋敷内を移動する。我慢して一日緩めずにいた髷など構わずにがっと横鬢をほごした。畏まって着ていた道袍の襟ぐりも、中の単衣ごとぐいぐいと押し下げる。少し酒が回っている気がする。当然だ、祝いを言われるたびに少しずつでも酒を口に含んでいたのだ、宴の間中。酔いつぶれるわけにはいかない、という緊張感が少し緩んだのだ。だから体の中に酒気を感じ、頭にも体にも酔いが影響をお呼びしているのを自覚する。
けれど、完全な緊張感は解けない。ユニの部屋に、花嫁の待つ部屋に向かうからだ。
この夜を超えなければ、ジェシンとユニの関係は兄妹の枠から解き放たれない、と思っているのだ。実際そうだろう。婚儀が始まってからは、ユニとジェシンは話すことのできる場面も時もなかった。花嫁は特に声すら出さず、ひたすら置物のように飾られていなければならないことがほとんどだからでもあるが。だから、ユニからジェシンへの呼びかけは「お兄様」で止まったままだ。今日、この長い一日が終ろうとしている今もまだ。ジェシンだってユニを庇護すべき年下の可愛い妹、という彼女の存在感は薄れてはいないのに。ただ、その関係上の立場の名が、妹、から妻、に替わるだけのような気すらしている。
それでも、ユニは知っているだろうか。長く培ったこの身内的感覚はお互いに仕方がない。けれど、妹だけれど本当の妹ではない、という線引きがある関係の中で、ジェシンが時折感じてきた疼きというものを。ユニをかわいらしい、愛らしい、慈しむべきものだ、と詩で讃え、実際に守ってきた幼いころから抜け出し始めてから、そのかわいらしさに胸が騒ぎ、愛らしさに手が伸びそうになり、慈しまねば、と思いながらも引き寄せて抱きしめたらどう反応するだろうか、と思い浮かべるようになったことを。幼い妹から、妙齢の娘と変わる瞬間を見て、誰にも見られたくない、という独占欲が胸の隅に渦巻いたことを。ジェシンの方が少し大人になるのが早く、そして。そして。
どうしてもジェシンは詩人だった。自分の胸の内の気持ちの変化を言葉で表し、その言葉を自分の目で確かめてしまったら最後、記されたその気持ちに気付かないわけにはいかなかった。これが、恋と言われるものか。これが、愛おしいという感情か。これが、俺の家にあって、ユニを見ると、触れると湧き出る気持ちなのか。そうか俺は恋をしているのか。
内棟は今日、最奥に母親二人が休んでいて、その二部屋手前が花嫁が若妻としてこれから使う部屋となっている。内棟の入り口で待ち構えていた下女が、音もなく立ち上がり、ジェシンをその部屋の前まで案内した。そして頭を垂れて、何も言わずまた入り口まで足音も立てずに去って行く。
大きく息を吸って、扉を開ける。ジェシンの重い足音は聞こえていただろう。だから扉を叩きも呼びかけもせずに開けた。
花嫁は確かにそこにいた。けれど、脇息にもたれて寝息を立てていた。
ユニは内棟の部屋に下がると、下女たちに世話されて、大げさな鬘や飾り、婚礼衣装は取ってもらった。湯で固く絞った手拭いを顔にそっと当て、大げさな化粧も取ってもらった。息が詰まりそう、と言ったら下女たちは声を立てて笑った。衣装の代わりに真っ白な絹の夜着をゆったりと着つけてもらい、ようやく人心地ついたユニに、この日初めての食事が供された。と言っても軽いもの。五穀の粥。優しい味の卵の汁。こまごまとした鉢は他にもあったが、ユニはそれぐらいしか食べられなかった。腹があまり空かないのだ、というと、下女たちは意味ありげにほほ笑んで、そうでしょうとも、と訳知り顔に頷く。
「お兄様はまだ来られないわよね。」
「若様はごあいさつ回りをしなければいけませんのでね。飛んできたいでしょうにね~。」
「お嬢様・・・いえ、若奥様、もう『お兄様』ではいけませんよ、『旦那様』に変えませんと。」
あ、と唇を押さえるユニを見て下女たちはまた笑い、おいおい呼べるようになりますよ、と慰めてくれた。
少し相手をしてくれた下女たちだったが、このまま若様をお待ちくださいね、とやはり出て行ってしまい、部屋は静まり返ってしまった。小さなあくびが出る。今日は長いわ。宴も分からない人ばかりだったけど、お兄様のお友達にお会いできたのがうれしいわ・・・特にイ・ソンジュン様。ユンシクとずっと仲良しでいてくださったらうれしいけれど・・・いい方そうだったもの・・・。
婚儀のあれこれを思い出している間に、うとうととしてしまったのは仕方がない事だったろう。