㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニが起こされたのは、真夜中だった。それこそ。
「先ほどインジョンの鐘が鳴っていましたよ。」
と下女に笑われたぐらいだから、ユニはわずかの間にぐっすりと寝込んでいたらしい。我ながら図太いと感心するほどだ。
手を引かれて風呂に入れられ、全身を洗い、髪は下女二人に洗われた。薄物を羽織っただけの状態で髪を梳かれ、拭かれして、花嫁に変身する準備にユニは入った。
「お兄様は?」
と尋ねると、ご帰宅されていますよ、と返答が返ってくる。少し安心して、下女二人に世話をされていると、扉が開いて母二人が入ってきた。
「まだお休みになっていてください。」
ユニが言うと、下女二人も頷く。けれど母たちはユニの支度の様子を見たいらしい。傍に座って、支度の前にお腹に何かいれないと、とほほ笑んでいる。
「お化粧の前に差し上げる予定にしています。」
と年かさの下女が報告すると、満足そうにうなずき、濡れた黒髪を梳かれ続けているユニを眺めて来る。
「本当に美しい黒髪だこと。」
「奥様、これから髪油を使って梳きますので、もっと輝きを増しますよ。」
「それは上々。ユニの髪は本当に豊かで・・・お母様の髪の質と似ているのでしょうね。」
下女との会話の間に、ジェシンの母がそう振ると、ユニの母は少しだけ結い上げた髪を触って頷いた。
「容姿は全く似なかったのですが、髪だけはまっすぐですので私に似たようですね。亡き主人は黒髪でしたが、顔の周りが少し縮れておりました。」
ユニの髪に髪油が垂らされる。香りが部屋中に漂い、また櫛が入れられ、灯に黒髪がさらにきらめいた。腰まである髪がまっすぐに背中に垂らされたところで、軽く布で結わえられ、薄物の上にもう一枚上着をかけられると、召し上がりものを、と周囲を片付けて下女は一旦下がっていった。すでに結構な時間が経っているらしく、ユニはすっかり目が覚めていた。
婚儀は早朝、日が昇る前から始まるから、決して準備が早すぎる事はない。軽食もすでに準備されていたらしく、すぐに膳が運ばれてきた。温かな粥とわかめの汁。そして熱い茶をジェシンの母が淹れてくれて、それで小さなまんじゅうを腹に納めた。化粧をし、支度をしてしまうと、晩まで何も口にできないのが花嫁だ。
支度が始まると、母二人は壁際に寄り、ゆったりと座って光景を眺めていた。何の口出しもしなかった。真新しい肌着は麻のものの上に更に真っ白の絹のものが重ねられ、チマになりそうな厚みのあるものを着せられた時点で、化粧が始まった。
「・・・そんなにたくさんお顔に付けるの?」
「お式ですから我慢してくださいお嬢様。それに髪も上に結いますし、簪もたくさん付けますよ。」
「頭だけすごく重くなっちゃう・・・。」
冷たいおしろいが顔に伸ばされると、ユニはぼそぼそと文句を言った。しかし一生一度の婚儀だ。花嫁を着飾らせなくてどうするのだ、とそこにいる女たちは張り切っていて、ユニの言うことなど聞いてはいない。
「けれどお嬢様。お嬢様はお肌が綺麗ですからそんなに厚く塗っているわけではないんですよ。」
「はい、お嬢様、粉白粉をはたきますからね、少し上を向いてください。」
嬉々として化粧は続く。母たちも止めはしない。ユニは諦めて身をゆだねた。前にある小さな鏡台に映る自分の顔がだんだん見慣れないすましたものになっていく。
「お兄様が私のことを分からなくなったらどうしましょう。」
などと呟くユニの言葉が部屋に響き、一瞬静まり返ったかと思うと、笑い声が響いた。響き渡った。下女たちが笑い、母たちも笑っている。桶の湯を取り換えてきた下女も、入りしなにそのつぶやきが耳に入ったらしく、一緒になって笑った。
「ありえませんよう、お嬢様・・・。若様がお嬢様のことを分からなくなるなんて・・・。」
「お面を被っていても見分けますよ、若様は・・・。」
「お綺麗になりすぎて、化粧を禁止されるかもしれないですけれどねえ。」
好き勝手言う下女たちに、笑い事じゃないのよ、とユニは睨む。けれど母たち二人も笑うだけで下女たちの軽口を止めることもしない。
美しく玉虫色の紅が唇を彩り、ほのかに目元に紅が掃かれた。紙が結いあがるにつれて、大人の女が鏡に映る。ねえお兄様、大人の格好をした私を間違わないでね、とユニは鏡に向かって念じた。
決してそんなことはあり得ないと、ユニ以外の者はみんな知っているというのに。