赦しの鐘 その99 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ジェシンもまだ真夜中のうちに起きた。正直うとうととしか眠っていない。通常通り仕事をして帰宅すれば、言われていた通り、ユニは既に内棟で休まされていて会えなかった。兄、妹として最後の日なのに。自分も早く休もうと、促されて湯を遣い、さっさと部屋に閉じこもったが、屋敷内が静まり返る事はなかった。部屋の準備などが間に合わないわけではない。けれど宴の料理や酒の準備に加え、この屋敷で花嫁は支度をする。夜中にはそれが始まると聞いていて、インジョンの鐘が鳴ったと夢うつつに思ったころには、屋敷は生き生きと活動を始めたのが感じられた。

 

 いよいよだ、と思うとぐっすりとした眠りは訪れなかった。待ち望んだ良き日。何しろジェシンの前にも後ろにも、ユニ以外の女人はいない。物心ついてからずっと傍に居た可愛い妹。ジェシンは今更ながら気づいた。覚えている娘の顔なぞ一人もいないのだ。決して今まで紹介されなかったわけではない。けれど一人として覚えていない。ジェシンには覚える必要がなかったから。それぐらいユニはジェシンのすべてだった。そしてこれからも。ずっと同じこと。

 

 少し眠りに落ちていた、と思ったら執事にたたき起こされた。準備をお願いします.、と。洗面のための盥すら用意され、さっさとしろと言わんばかりだ。顔と首筋を洗い、手渡された手ぬぐいの先を見ると、屋敷の中で主に母の世話をする年かさの下女がにっこりと笑っており、その後ろに箱を抱えた若い下女が一人。

 

 「若様、今日は流石に髪を結わなければなりませんよ。」

 

 「毎日王宮に行くのにちゃんと結ってるだろうが。」

 

 「前日に緩んだままの鬢をちょんちょんと水で湿しただけのことを結うとは言わないんですよ。」

 

 ずけずけとジェシンに言うと、奥様からもきつく言われていますので、と付け加えて来る。ち、と舌打ちをしてしまう。母のことを持ち出されると弱いことを、この屋敷の下人下女たちはみんな知っているのだ。

 

 「いってぇ・・・もう少し緩めろよ・・・。」

 

 「きつくはしていませんよ、特別には。けれど今日は大事な日、きっちり崩れないようにしておきませんとね。」

 

 絶対に手櫛でかきまぜないでくださいましよ、と言いながら、髪油も使って目が吊り上がるぐらいに引っ張られる。どこがきつくないんだ、と文句を言いたいが、

 

 「髪油はお嬢様もお付けになってますよ、同じ香りになりますねえ。」

 

 と言われたらそっちが気になってジェシンは黙る。よくジェシンの扱いを知っている下女だった。後ろでくしを渡したりする助手を務めている若い下女が、下を向いて笑うほどに。

 

 「よろしいですか、まず旦那様にご挨拶、奥様方にご挨拶、そして庭でご親戚方も含めた中で杯ごとをいたしますよ。その後ご先祖様に拝礼して・・・。」

 

 「わかってるって・・・しつこいぐらいに執事の野郎に叩き込まれたからよ・・・。」

 

 「それから、宴の間にお酒をたくさん召し上がることになるとは思いますが。」

 

 下女はジェシンの反論など聞いてはくれなかった。

 

 「床入りが控えておりますから、出来るだけほどほどに。よろしいですね。床入りが出来ないほど酔いつぶれてはいけませんから、覚えておいてくださいよ、お嬢様に寂しい思いをさせてなならないんですからね。」

 

 お・・・おう、とジェシンの反論も勢いを失った。そこまで突っ込んでこられるとは思っていなかったのだ。しかし下女は真剣だった。

 

 「初床に花婿にすっぽかされることほど花嫁に恥をかかせることはないんですよ。はい、繰り返してください、お酒は飲み過ぎない!」

 

 「・・・酒はのみすぎない・・・。」

 

 「声が小さいですよ、本気で誓ってない証拠です。」

 

 「酒は飲み過ぎない!これでいいか!」

 

 「結構でございます。でも本当に忘れないでくださいよ。」

 

 「しつこい!」

 

 若い下女は笑いが止まらない。けれど年かさの下女とジェシンは真剣だったために、どうにか笑い声は抑えた。けれど髪を結い、藍色の婚礼衣装をまとったジェシンは、大層ほれぼれする美丈夫となったので、笑いは引っ込んだ。世話をした方の下女も感心している。

 

 「これで、お嬢様のお隣に立っても見劣りしません。何しろお嬢様はまあ、眼がつぶれそうなほどお綺麗な花嫁様ですよ。」

 

 最後に爆弾を落とした下女は、それまでの態度とは打って変わって、綺麗にお辞儀をした。

 

 「おめでとうございます若様。私共もこの日を待ちわびておりました。大事な若様と大事なお嬢様がお幸せになるこの日を。皆、心を込めて本日の祝いの宴にあい努めます。」

 

 おう、としか答えられないジェシンを、執事が呼びに来た。いよいよ婚儀が始まるのだ。空は星が瞬いていた。

 

 

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