赦しの鐘 その94 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ムン家はめでたい空気に包まれ、そしてその中でジェシンの官吏としての生活は始まるはずだった。しかし、短い休暇の間、親戚や小論の者たちが祝いに駆け付け、ついでのように縁談をほのめかしていく。父はできるだけ丁寧に断っているようだが、時に、息子にはもう婚約者がいると言っている、という声も聞こえた。大体そのようなものは、第二夫人・・・花妻に自分の娘を候補にいれよと言うのだ。埒が明かないからさっさと婚儀を挙げろ、と父の方からジェシンをせかすようになった。

 

 言われなくても、と母に吉日を決めてもらうよう頼み、ジェシンは改めてユニの母に挨拶に行った。ユニを伴って。変な形であるが、ユニは結局嫁入り前もムン家に居て花嫁修業を続けるという事になっているから仕方がない。キム家も短い休暇の間に、一旦ヨンハの父が持つ家作を借りて都に住むことになり、少ない荷のためすぐに越してきたから、半分手伝いに行くようなものだった。

 

 できるだけ小さな家を、とユンシクが頼んだ通り、板塀で囲んだちゃんとした家作ではあるが、こじんまりしたしもた屋がキム家の仮の屋敷だった。南山谷村の家は、ヨンハが責任をもって下人に売らせていて、村の名主が次男夫婦を住まわせると言って買ってくれることになっていた。田舎故値は高くないし元の家は小さいが、実は敷地だけはそこそこ広いこともあり、今借りている家作と同じ位の家は買えるだろう、と土地や建物に強いその下人がお墨付きをくれたため、一安心の引っ越しだった。

 

 それでも不安は残っていた。ユニの母は納得済みの都への帰還であったが、それでも鐘の音の恐怖がまったくなくなったわけではないはずなのだ。もう赤子だった子供たちが官吏となり、嫁に行くというのに、その年月をもってしても、躊躇の理由が鐘の音でしかなかったのだから。

 

 挨拶を済ませ、少ない部屋部屋を拭いたり、台所道具を点検したりしているユニとユンシクを横目に、ジェシンはユニの母と対面してそこのところを聞いてみようとした。ただ、どう言いだせばいいかわからなくて首をひねり、結局素直に、今日はユニがこちらに泊まるのでご安心を、としか言えなかった。するとユニの母は薄く笑った。

 

 「ご心配をおかけします。お恥ずかしいですが・・・自信はないのですよ。けれど耐えることはできるかと思います。」

 

 ユニの母は、姉弟に全く似ていなかった。ユニとユンシクは本当によく似ている姉弟で、という事は、ジェシンも見た事のない父親に似ているという事なのだろうし、実際ユニの母はそう言った。

 

 「あの子たちを見ていると、夫が生きていた証だと思えるのですよ・・・。けれどね、ジェシン殿、だからこそ、私は一緒に居てはいけないのかと、そう思う時があるのです。夫にユンシクが似てくるごとに、あの不幸は、私がよく似ている夫やこの子たちに撒いた種ではないかと・・・だからあの子たちは私に似ていないのでは、と。」

 

 「それは思い違いです、何の罪とがもない話に巻き込まれたと聞いていますし、巻き込んだ方も、本当に間違いだったと。義母上様が気に病まれる要因など一つもないのは誰もが承知のこと。」

 

 「人の心は勝手なものです。勝手に何かを理由にしたい。その本当に何もなかったところに起こった間違いにも理由が欲しいのです。その理由が見つからないからこそ、自分の運のせいにしてしまうのです。それが理由なのだと。」

 

 分かっているのですよ、とユニの母はほほ笑んだ。その微笑みには理智の光が宿っていた。これほど悩みながらも、自分の心に巣食う鐘の音への恐怖は自分が作り出したものなのだとはっきりと理解し、情緒と理性の区別をつけることのできる人なのだと分かった。それでも押さえられない感情はあって、それが人なのだと言外に教えられている気がした。

 

 「ユンシクとユニが幸せになればなるほど、この気持ちは落ち着いてゆくでしょう。ですから、ジェシン殿。ユニをどうか、どうかよろしく。」

 

 賑やかな笑い声が厨から聞こえる。水音もする。水がめに水を汲んでいるのだろう。今、キム家の赤子だった二人は幸せになろうとしている。そんな事を知らせる、美しい鐘の音のような笑い声だった。

 

 

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