赦しの鐘 その90 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 戻りついた屋敷は久々だった。数か月、ジェシンは大科のために学業に没頭し続けたのだ。ユニにも同じ期間あっていない。それでもせねばならないことだった。耐えることができたのは、ユニとのこれからが待っているとはっきりしていたからだ。大科の準備が本格的に始まる前に婚約を進めてくれた両親と、それを了承してくれたユニの実母には感謝しきれないほど。

 

 大科合格が最低限の条件のようなものだった。父が無理を言ったわけではない。自分でそう思ったし、父も官吏となって堂々と婚儀を挙げるべきだと思っていたと察していた。間違ってはいないと思う。それに更に条件を上げたのは自分自身だ。

 

 受かると言っても、最も下の席次だって合格は合格だ。勿論、国中の秀才が受験する大科だから、最も下の成績だとしても優秀なのには間違いなのだが、しかしその年度の合格者の中では格差が出る。上位であればあるほど最初の官位は高いし、それに纏う誉れと箔が全く違う。胸を張って皆の前に立つ男になりたかった。ユニに似合う、立派な男に。

 

 殿試の手ごたえは、ある。だが、ジェシンの斜め前に座り、静かに試巻に筆を走らせていたソンジュンの背中も自信に満ち溢れていた。成均館にいる間、一度たりともソンジュンの前に立つことはかなわなかった。壮元をとり続けて大科に挑んだ同室の後輩。その背は大きく、高い。毎朝彼の書物をめくる音でうっすら目が覚める。それぐらい彼の学問への探求心は凄いものがあった。ジェシンは書痴の部類に入る人間だが、あれほど知識を探求するだけの持続力はない。好みが偏っている自覚もある。ソンジュンの知識は広く、深い。そして理解力も抜群だ。その力をもって彼が紡ぎだす理論には隙がない。敵わないだろうとは分かっている。それでも彼を追い越すためにジェシンは力を出し切った。それぐらいの覚悟でないと、上位など狙えないのだ。ソンジュンですら会試の時点で三位だったのだから。

 

 三年以上滞在した成均館からの荷物は少ない。布包一つをぶら下げて戻ってきたジェシンは、後ろでジェシンが使っていた夜具を背負う下人を従えて、大きく開いていた門をくぐった。数か月ぶりとはいえ、懐かしいと思うほどに屋敷は以前と同じだった。そして。

 

 「お兄様!お兄様がお帰りだわ!」

 

 飛び出してくるユニの姿も。

 

 

 

 そして二人は雁首を揃えて母に叱られた。ユニは嫁入り前の娘が裸足で、それも人目もはばからず、婚約したとはいえ男に飛びついたことを。ジェシンは、それを咎めもせず、着替えや本の入った包を空に放り投げて抱き留め、くるくると回って大騒ぎしたことを。お前が言って聞かせねばならないでしょうとお小言を食らった。飛んできたものは受け止めないとなりませんでしょうと一応反論はしたが、その後のことです、とさらに叱られた。項垂れてこっそりとなりを見ると、ユニも一応項垂れてはいるが、目はくるくると輝いていて、何ならジェシンの方を見て笑んでいる。母だって、最近までジェシンとユニのこの行動をほほえましく見ていたのだから、あまり本気で叱っていないのが分かってしまって余計緊張感がなかった。

 

 「はあ。もう小言もいい飽きました。ユニ、お茶を淹れてください。それからジェシンは私に何か言うことはないのですか。」

 

 と言われて、肝心の帰宅の挨拶を忘れていたことに気づいた。そして報告も。

 

 「後先になって申し訳ありません、母上。父上と母上のおかげをもちまして、成均館での修学を終え、無事大科に合格いたしましたことを御礼申し上げます。大科の最終的な結果は7日後ですが、これより官吏となることをご報告申し上げます。」

 

 そう言って頭を下げると、母の鼻声が耳に届いた。

 

 「少し・・・少し報われた気がします。お前には辛い思いをさせました。ヨンシンの奇禍を取り返すことはできませんが、その時に辛い思いをさせたお前が無事に育ってくれて、お前のおかげで生きてきてよかったと思えました。よくやってくれた、ジェシン。私の息子よ。」

 

 

 ジェシンだって大人になり、人の気持ちが少しはわかる。辛い思いなんて、息子を亡くしたこの母に比べたら何の事があろう。哀しみの大小を比べることなどできないが、絶対に母の悲しみと自分の悲しみを比べることなどできない。そう思って、ジェシンは黙ってただ会釈を返した。

 

 

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