赦しの鐘 その84 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ユニは突然のジェシンの帰宅とユンシクの訪問に大層喜んで、母の夕餉の支度の上に、二人の夕餉の段取りも下女に指示していた。それは、ジェシンにとっても始めて見る姿だった。

 

 「・・・母上が、まあ、やってた奥の仕事だったんだがな・・・。」

 

 「お母上様のお体の調子がお悪いんでしょうか・・・。」

 

 ジェシンの母は確かに丈夫な人ではないが、それを知っているユンシクも少し心配そうにつぶやいたのだが、それはご挨拶を、と呼びに来たユニによって覆された。特別にユンシクも通された内棟の母の居間で、ジェシンの母は元気そうな様子をしていた。

 

 ユニは茶の用意を急がせるために部屋を出ていったため、ジェシンとユンシクは構わず挨拶をした。母はにこにことそれを受け、二人の体の調子を尋ねてから、耳を澄ませてユニの足音を聞き取り、そしてジェシンに顔を向けた。

 

 「ユニにきちんとあなたの口から言うのですよ。言葉は、大切ですよ。」

 

 扉が開いてユニが入ってくると、母はにこにことユンシクに顔を向け、ジェシンが成均館で怠けていないか、などと尋ねた。ユニも聞き耳を立てている。居心地悪いのはジェシンだけだ。サヨンはとても成績が良くて自慢なんです、とユンシクが言うと、母は嬉しそうに頷き、ユニも笑顔をパッと顔中に広げた。茶の香ばしい香りが広がる。小さな来客用の上等な茶器が、ジェシンの前にまで並んで、ジェシンが不思議そうにその茶碗を眺めていると、母が口を開いた。

 

 「ユニにね、茶の入れ方を教えているのですよ。今まで家の者相手にしかさせてませんでしたからね。」

 

 一口飲むと、ちょうどよい湯加減で香りがいい。上手いんじゃないですか、とジェシンが言うと、ユニはほっとした顔をしている。

 

 「ユニもそろそろいいかと思って、屋敷での主婦の役目を覚えさせているのですよ。私は楽をさせてもらっています。」

 

 「けれどお母様の言いつけ通りにしかまだ動けないの・・・。」

 

 「当たり前ですよ。少しずつ覚えればよいのよ。私は13の年から徐々に義母に教えていただきましたからね。」

 

 「ああ。母上は婚儀が早かったとお聞きしました。」

 

 「ええ。ヨンシンを生んだのはちょうど今のユニの年頃でした。昔の婚儀は早かったのですよ。今とは違います。けれど主婦の仕事は知っておいて損はないですからね。」

 

 母との話を切り上げると、ジェシンはユンシクと自室に戻った。ユンシクはジェシンの部屋の本棚を見て、本を出し入れしている。それをぼうっと見ていたジェシンは、あ、というユンシクの小さな声に我に返った。

 

 ユンシクの手には本、その開いた頁から紙が一枚ひらりと落ちたのだ。ユンシクがそれを拾い上げるのを見て、ジェシンはがば、と腰を立てた。それは。

 

 「わ・・・これ、サヨンのお作りになった詩ですか・・・?」

 

 違うともいえない。ユンシクや周囲の者がよく知っている、癖のあるジェシンの字で書かれているはずだから。どれだ、と頭の中で考えても、今まで膨大に書いてきたからこそ思いつかない。その上、自室にある本から出てきたものだ。もしかしたら、遥か少年の時の拙いものかもしれない。一気に羞恥がこみ上げる。

 

 ユンシクが黙って紙を渡してきた。むっつりとしたまま目を落とすと、そこには案の定今よりもはるかに拙い字があった。短い4行の五言絶句。おそらく読んだばかりの詩聖の誰かのものをまねしたものなのだろうが、韻もかろうじて踏んでいるとはいえ酷いものだ。だがそれよりも、その内容は。

 

 「サヨン・・・ありがとうございます。本当に、姉上は幸せに守られてきたんですね・・・。」

 

 うるせえ、と懐に急いで突っ込む。顔に血がのぼる気がする。一言だって愛の言葉など使っていない詩なのに、なんでわかる、とジェシンはこの詩を書いた時を思い出した。

 

 かわいい盛りの少女のユニ。庭でジェシンを追いかけて転んで泣いた。慌てて抱き起し、擦りむいた掌を洗ってやった。お水が冷たい、と泣きながら笑ったユニ。頬に流れる涙の粒が、傷を洗う桶から飛び散る水滴と混じるように空に散る。日の光が弾く水滴の光とユニの白い頬の輝き。美というものを、ジェシンが初めて感じたあの日。

 

 たった7歳ほどの少年に美を教えた少女を描いたその詩は、ユニがジェシンにとって特別であることの証左でしかないのだ。

 

 

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