㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニがジェシンの母の就寝の世話をして部屋にやってくると、ユンシクはすぐにハ・インスの言伝を伝えた。
「・・・もうかなり前のことですし、私はお母様にその時守られていましたから。それに、そのお方には関係のない事なのに・・・。そのお方がした事ではないし、ご存じなかったのでしょう?」
「勿論、ご存じなかったよ、姉上。けれど西掌義にとって、お父上の所業の中で一番許しがたい事だったんだよ。お母上様と妹君を大事に守って都を去られる方だよ。女人に対して礼をわきまえたお方なんだよ。」
礼をわきまえたというのは美化しすぎだ、とジェシンは思うが、確かにハ・インスは女色に対して淡泊というか興味が薄いというか、理想が高いというか、女人に対して穢い態度をとる印象は不思議なことに全くなかった。あんなにお互いに毛嫌いしている仲なのに。
「もしお会いする機会があったら、気にしておりません、と伝えてください。気に掛けていただいて気も晴れました、と。」
「はい、姉上。」
そうしてユンシクは潔く立ち上がった。ユニは目を丸くして見上げている。
「僕、先に成均館に戻ります。やることがあるので。サヨンがお話があるそうなのでお聞きになってくださいね。」
ユンシクはさっさと出ていき、後には目を丸くしたままのユニと、額に手を当てたジェシンが残された。あいつめ、と思っても、こればかりはいつか通らねばならない道だった。ただ、両親が張り切っていたために、自分が熱望していることとはいえ、ユニとの婚儀は自然にまとまるようにも思っていた。いきなり進んだ話に戸惑っている自分と、外堀をさっさと埋められたことへの驚きと、そしてここまでおぜん立てしてやったのだから自分でやる事があるだろう、と投げつけられたことへの不満とに正直混乱している。もっと早く言えよ、さっきの今だろう、と文句を言う相手は帰ってしまったし、父親は屋敷にいないし、母には文句を言いづらい。それにここで怖気づいてしまうのも、誰にも見られていないとはいえ、監視されているのも同然の中でのこと、結果が出なければ、恋に臆病な男の汚名を着ることになる。
「お兄様、お話ってなあに?」
気づけばユニが座り直していた。真正面に。ジェシンは片足を立てて座っていたが、そこに掛けた手で額を押さえていたのを外し、ユニをじっと見つめた。ユニもじっと見つめ返してきたが、暫くするともじもじと膝の上に重ねていた手でチマの布をいじりだした。
「あの・・・なあに、お兄様・・・。」
もう一度、けれど先ほどより小さな声で尋ねるユニに、ジェシンは大きく息を吸うと口を開いた。
「ユニ。次年度の春、大科がある。」
ユニは少しうつむけかけていた顔をあげた。
「受ける。受けて通る。そうしたら俺は儒生ではなく働く男になる。」
ユニは頷いた。
「これはな、自分の誇りのためでもあるし、それにもう一つ理由があるんだ。」
大きく息を吸う。伝わってくれ。
「ただの儒生でなく、働く男になるという事は、お前を守る力をもう一つ持てるという事だ。俺はお前を生涯守る。それにはな、俺も大科を受けて儒生から官吏と名と立場を変えるというのと同じで、俺とお前も関係の名を替えなきゃならない。」
ユニは瞬きもせずジェシンを見つめていた。
「兄と妹ではなく、夫と妻にならなければ・・・いや、変えたい。変えて、なお一層堂々とお前を守る男になりたい。」
しばらくしてユニの頬が一瞬にして真っ赤に染まった。
「お前は妹のままがいいか?俺は妹としてのお前も愛しいが、俺の傍で俺に寄り添う妻となったお前はより一層愛おしく思う事が出来る。断言できるんだ。そうなる未来しか見えない。」
ジェシンは手を伸ばした。広げられた掌をユニはじっと見つめている。
ただ待った。手を伸ばしたまま、掌を大きく広げたまま、待った。ユニはこの意味が分かるはずだ。俺の言ったことに頷いてくれるのなら、この手を。
チマの上から離れた手がそうっと伸びる。白い指先が掌の上に乗ったとたん、ジェシンはその手を握り、そして手繰り寄せた。