㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「何だよてめえ・・・シク、そんな事あったのならさっさと報告しろ・・・。」
ユンシクがユニに言わねばならない事がある、とジェシンに言ったのは、ハ・インスが彼の母の在所に旅だってかなり経った後だった。
「僕にだって心の整理っていうものが必要だったの、サヨン。あのことは、僕にもかなり最悪な出来事だったから。」
「お前はちゃんとユニに謝ったじゃないか。それにお前はその時子供だった。みんな分かってることだ、引きずるんじゃねえ。」
「それでもだよ・・・。でね、まあ考えたんだけど、西掌義の言ったそのままを伝えたらいいかな、って。考えすぎだったんだよね。」
「早く気づけよ・・・。」
中二坊で、ソンジュンも在室、ヨンハもとぐろを巻いているときに言ったものだから、二人もユンシクとジェシンの会話を聞いていた。
「インスはさあ、女関係に関しては、本当に欲がなかったんだよな・・・。」
思い出すかのようにヨンハがいうので、皆それに耳を傾けた。
「俺さ、金持ってるだろ。」
「お前の親父がな。」
「そうとも言う~。で、成均館で妙に声を掛けられるようになったころ、時々妓楼に一緒に上がることもあったんだよ。」
「ああ、お前があいつの取り巻きになった、って誰か彼かが俺に言いに来たあの時期な。」
「そんな事があったんですか。」
「あったんだよ。金を持ってるってすごいよな。それだけで価値があると思われる。俺の気持ちはコロにだけにしかないのにっ!」
うるせえ、とジェシンに後頭部をはたかれても、ヨンハはめげずに思い出話をつづけた。
「で、妓楼っていえば妓生だろ?俺は馴染みの女もいたし、インスは地位のある親父様がいる。そりゃモテるわけ。俺たちの持っている背景のおかげで。でも、インスは泊まらないし馴染みも作らない。酒を飲んで、俺が自分の味方かどうかをうかがって、終わり。」
「詰まらねえ酒だな。」
「ねえサヨン、それは泊まらないのがつまらないってこと?」
「いんや、身のない腹の探り合いしながら飲む酒なんかうまくねえだろが。」
あっさりと返答したジェシンに、ユンシクは内心ほっとした。これからユニのところにジェシンを連れて行こうというのに、妓生の相手をしないことがもったいないとでも言われたら、少し不安になるというものだ。
「そこの妓楼をよく使うのなら、馴染みの妓生を作ったらどうだ、って言ったこともあったんだよ。そうしたら、鼻で笑って、『ただでも底辺の者たちなのに、その中でも一流の妓生でもない女なんかいらない』ときたもんだ。まあ、酒を注がせるからくり人形とでも思ってたんじゃないかなあ。」
皆黙ってユンシクを見た。仕方がない。ユンシクはこの一年ほどの成均館儒生生活の間に、一人の妓生に靡かれるという若い男なら皆うらやむようなことになっていた。それも一流の一流、国で一番と言われる芸を誇る妓生になのだから。
「・・・もしかして、西掌義がユンシクに意地の悪いことをしていたのって・・・。」
ソンジュンがはたと気づいたように小さく叫ぶと、今更気づいたのかとでも言うように、ヨンハはやれやれと肩を竦めた。ジェシンも今更か、とあきれている。ユンシクはソンジュンと同類のようだった。
「ハ・インスはさあ、チョソンだけは指名で座敷をかけるほどだったんだよ。正妻に、とまでは思っていなかったかもしれないが、落籍すつもりではあったんじゃないかな。だけどさ、チョソンは決して誰にも靡かない高嶺の花だったんだよ。それがテムルにいちころだったろ。そりゃさ、自尊心が傷ついたろうな。」
チョソンは金もない、地位もない、一介の貧乏儒生であるユンシクに夢中だった。その清廉さがいい、彼の美しさは、その内面の美しさと聡明さの表れだと言ってはばからず、手紙もよこすし、花代などいらないから座敷をかけてくれと自ら言う始末だった。ユンシクは優しいから、手紙を貰えば会いに行って、金を出せないのに座敷などチョソンに迷惑だと、昼に少しあたりを散歩する、という子供の様な逢瀬をチョソンに与えた。それがまた、チョソンを喜ばせるという事になってしまったのだが。
「まあ、そういう奴だったんだよ、ハ・インスは。強引に言い寄れば、チョソンだって言うことを聞いたかもしれない。だが、心の伴わないチョソンには手は出さなかった。変なところが良識があるっていうか潔癖っていうか。妓生だって金で買うものだけど、それでも他家のうら若い娘を金で騙しとろうとしたあいつの親父様の所業は、ない、って思ったんだろうな。似た年頃の妹だっているんだから、あいつは。」
だからさあ。
「まあ、そのままで伝わるよ、テムルの姉上様にはさ。本心だよ。ハ・インスがわざわざ伝言を残すぐらいだ。無駄なことをしない奴が、足を運んだんだ、テムルに会いに。伝えてやれよ。」
ヨンハのお墨付きも出たし、ジェシンにもしてもらわねばならない事がある、とユンシクは力強く頷いて、ジェシンとユニのところへ訪問することを約束した。