㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
西掌義ハ・インスの父親の断罪が決定し、うわさ話も熱を失いつつある。人など薄情なものだと思いながらも、元から何ができるわけでもないジェシン達は、成均館での学問の日々に忙しくしていた。インスの抜けた老論側の西斎では、新たに掌義が決められ、勢力図が変わった。人など替わりがいくらでもいるのだ、という証のようだったが、淡々と日々を過ごしているように見えるカン・ムを見ると少し切なくなる、とヨンハなどはこぼし、ジェシンも否定はしなかった。
ソンジュンとユンシクに比べて、インスやカン・ムとのかかわりはジェシン達の方が長い。インスは周りに置く者たちをあまり大事にしていたようには見えなかったが、カン・ムだけは常に彼の隣にいた。いうなれば、取り巻きではなかった。唯一の友人だったのだろう、と今になれば思う。インスのことを悪くも言わず、かといってハ家をかばうこともない。罪は罪だからだ。だが、インス側にいたことを否定せず、関係は何なのだと聞かれると友人と答える。その態度の変わりなさに、最初はインスと共にいたことを非難していた者たちも、何も言わなくなった。飽きたのかもしれない。けれど、ヨンハやジェシン、他数人からすれば、カン・ムの友情のあつさの本物加減に、感心した、と言ってもいい感情が沸いている、と言ったところだった。
「・・・ハ・インスと連絡は取っているのか?」
珍しく並んで立つことになった講義後の中庭で、ジェシンがぼそりと尋ねると、カン・ムはあまり動かさない表情のままジェシンを見て、首を横に振った。
「忙しくしているようだ。幽閉中は時折差し入れをしていたから、逆に礼状を貰ったし、幽閉が解かれた後に一度短い時間、会えた。」
「最近じゃねえか・・・。」
父親の処刑の前日に、家族と少しだけ面会が許された。インスは母と妹を密かに連れて行き、泣き崩れる二人を引きずってまた帰ったらしい。その時に幽閉は解かれているはずなのは、ジェシンも知っていた。
「まあ、そうだ。その時に、なるべく早く、お母上に遺されている地所に移ると言っていた。下人下女を解き放ち、少々の後始末が残っている、と言って忙し気にしていたので、行く日が決まれば教えてほしいとは伝えたが。」
「俺は・・・見送らねえぞ、と伝えてくれ。」
ジェシンは空を見上げながら言った。すると珍しく横からのどで笑う声が聞こえた。
「くくっ・・・ハ・インスだって期待してないぜ・・・。」
「だろうなあ・・・。だがよ、カン・ム。見送りはしねえけどな、多分あいつとはまた相まみえるんだろうな、とは思ってるのはホントだ。」
笑い声は止んだ。顔を元に戻すと、無表情のカン・ムがそこにいた。
「ああ。俺もそう思う。伝える。
そう言うと大きな歩幅で西斎に戻って行ったカン・ム。インスの父親の執行日から指折り数えて、そろそろインスは都を出るんだろう、とジェシンは思った。
その日、ユンシクは貸本屋に一人でいった。状況が落ち着いたからでもあったし、いつまでも子どもの遣いのように付き添いをされるわけにもいかない。仕事に関しては、全くの私事だ。新たな仕事を請け負って、ユンシクは成均館への道を戻り始めていた。
「キム・ユンシク。」
呼ぶ声に足を止めると、横合いの路地から男が出てきた。ハ・インスだった。以前と変わらない、きちんとした道袍姿で彼は立っていた。ただ、元から細身だった体や顔がさらに尖って見え、痩せたように思えた。当然だろうと思う。どれだけの心痛が彼を襲ったのか。その変化のせいで、元から大きく鋭かった目が、更に鋭くユンシクを睨んでいるように見えた。
「西掌義・・・。」
「もうその役職は俺ではないだろう。侮辱されているように聞こえるが。」
「あ・・・そんなつもりじゃ!」
慌てるユンシクを見て、インスはふ、と鼻で笑った。それも全く変わりなくて、あんなに意地悪で怖い人だったのに、その変わらなさにユンシクはほっとした。
「ムン・ジェシンに伝えてほしい事がある。」
そんな様子など構わないかのように、インスは淡々とユンシクに告げた。ユンシクは荷を抱きしめて、必死にハ・インスを見上げている。背後には市の雑踏の音が揺れていた。
「伝言は受け取った。必ず相まみえる。首を洗っておけ、とな。」
其れともう一つ、とインスはユンシクを見据えた。
「お前の姉・・・ムン家にいるお前の姉に・・・生前の父を許してやってほしい、と願ってくれ。俺は頭を下げるのは嫌いだが・・・俺が知っている父の行った事の中で最も許せないのが、お前の姉への仕打ちだ。自らに娘がいるにもかかわらず・・・汚らわしささえ感じた。一度だけ頭を下げねばならぬのなら、お前の姉に下げたい。間違うな、お前にじゃない、キム・ユンシク。お前の姉にだ。」
では、頼んだ、そう言ってインスは路地に消えていった。