㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
果たして、ジェシンの持ち物の間から、幾編かの詩は見つかった。乱雑に畳んである道袍の下、何冊かの書物、詩集の間に書き散らされた詩が挟んであった。すべて漢字のまま。書き散らされた、と言っていいのは、見つけた瞬間、コロの字だなあ、先輩の字ですね、サヨンの字だね、と苦笑が出るほど癖の強い字だったからだ。正直ジェシンは「悪筆」と言っていいほど字は下手だった。試験の時だけはとりあえず丁寧には書いているようだが。詩は思い浮かんだ瞬間に書き留めるものだから、それこそ丁寧に書いている暇はないのだろう。後に形を整えたりするから、自分さえ読めればいいのだろうが。
だからこそ、こののたくったような字で綴られている言葉は、ジェシンの心の言葉なのだ。三人はそれぞれに紙を手に取り、解読し始めた。
読むことは三人共得意だ。漢語で書かれた書物を学んできているのだから当たり前ではある。ただ、字を判別せねばならないのが余計な作業であるだけ。
三人はあまりの悪筆に逆に感心しながらも読み始め、徐々に無言になり、一つを何度か読み返すと、交換し、また読み、を繰り返した。同じ紙に短いものが二篇、三篇書いてあるものもあれば、長いものがびっしりと書き連ねてあるものもあった。それを一度は字を解読し、二度目は連ねて読み下し、そしてその詩の言わんとするところを解釈するにつれて、ますます三人は無言になった。紙を交換する時だけ鳴る音が中二坊に響く。本に挟まれてあった時には、三つ折り、四つ折りにおられている紙が、床の上に並べられていく。
解読、とはいえ、数枚の紙。三人はしばらくして読み終わると、呆然とした。そしてふと我に返って顔を見合わせ、少し興奮したようなお互いの紅潮した頬を確認して苦笑した。
「・・・な、コロは詩人、名文家だろ?」
「知っていましたよ。知っていましたが・・・これは・・・何とも・・・。」
「・・・激情、っていう言葉を、僕、初めて理解したかもしれない。」
「そればかりじゃなかったじゃないか。穏やかな感情もあったよ。」
「そうだな・・・そうなんだよ・・・。」
三人はまた黙った。感想など、何を言っても上っ面にしかならないと分かっていたから。たった数枚の紙に、それはあった。
世界があった。
美しく咲く花に、野に揺れる緑の若草に、登る太陽に、沈む夕日を写す雲に、豊かに流れる水に、降る雨に、青い空、白い雲、大木の梢を揺らす風に。すべてに誰かがいる。思い起こさせる。
名を書いているわけではない。女人に訴えているわけでもない。けれど、見るもの聞くもの感じるものすべてに慕情がにじむ。摘み取りたいけれどそこに咲いていてほしいし、追いかけたいけれど遠くでその輝きを見ていたいし、与えられる恵みに身を浸し、降り注ぐ慈悲に天を仰ぎ、誰にでも等しく見せてもらえる美しさに嫉妬し、誰にでも聞こえる音に、自分にだけであってほしいと願う。
「・・・世界ですね・・・。」
ソンジュンは呟いて、折り目通りに紙をたたみなおした。それを静かに手伝いながら、ユンシクは頷いた。頷きながらうつむいて、そして畳んだ髪を横に押しやる。その横顔を覗き込んだソンジュンは軽く目を瞠った。
ぽたり、ぽたり。床に黒い染みが出来ていく。乱暴に目をこすったユンシク。けれどまたぽたり。とうとう両手で顔を覆ってしまったユンシクの背をさするソンジュンから紙を受け取り、ヨンハはそれを元通りとまではいかずとも、本や詩集に挟みなおした。横に避けておいた道袍を置き直すと、ふう、と息をついて、泣くユンシクの横に座り、ソンジュンと共に背を撫でてやる。
「なんだあ、感激しちまったか?」
茶化すように明るく言うと、ユンシクはかすかに頷いた。そして手を顔から離すと、独り言のようにつぶやいた。
「姉上は・・・姉上は・・・知っているでしょうか・・・。サヨンの思いを・・・。」
ジェシンの世界がユニなら、ユニにとってジェシンは何なのだろうか。そう訴えるユンシクに、ソンジュンもヨンハも答えられるわけはなかった。