㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「たまにある話だけどね。」
と案外冷静に言ったソンジュンの言葉に、ユンシクは耳を傾けた。ジェシンとユニのことを、小さな胸にたたんでおくのが重くて、話を聞いてもらったのだ。ソンジュンのことは誰よりも信頼している。ユンシクが困ることには絶対にならない。
「生まれたばかりの子を婚約させてね、早いうちに婚儀を挙げてしまうんだよ。実家で育つまでそれぞれ養育する場合も、女人の方が婚家で育てられることもあるから、そうなったら最初から兄弟姉妹みたいなもので、家族だよね。」
ふうん、と頷いたユンシクに、だけど、とソンジュンは小さな声で言った。
「コロ先輩は凄いね。君の姉上が、『世界』だって言ったんだろう?」
ユンシクは頷いた。そうなのだ。その意味が分かるようでわからない。分かる、と聞いたソンジュンも首を横に振った。
「姉上はサヨンの婚約者としてムン家に養育されたわけじゃないけど、正式に養女としないで僕たちの下に返してくださるおつもりだったようだから、今となればそれは良かったんだけど。」
世界、とユンシクも呟いた。
ユニは俺の世界だ
というジェシンの声がよみがえる。すべて、でも、命、でもない。『世界』。はっきり言ってユンシクには意味が読み取れない。ソンジュンに相談したのもジェシンの言葉に悩んだからだが、秀才のソンジュンも首をひねっている。ソンジュンも男女にかかわる分野は不案内のようだ。それが完璧な男であるソンジュンの一角を柔らかく崩していて、妙に親しみさえ感じた。
二人が悩んでいると、ヨンハがにこにこと顔を出した。ヨンハがジェシンに付きまとわず一人にいる時は、ジェシンが尊経閣に行っている時だ。窓際に座って本をむさぼり読むジェシンの姿は、普段の雄々しさとは全く違い、静謐で誰も邪魔をしない。ジェシンの一面だった。講義に必要な本だけでなく、所蔵されている漢詩に関わる本を読んでいることも多い。それはジェシンが若き詩人としての名を密かに馳せていることで、そんな一面を知ったのも最近だった。成均館文集を編集する儒生達に追い回されていたから。ジェシンの詩が載るか載らないかで、価値が全く違ってくるのだという。王様ですら購読を楽しみにしている文集。ことにジェシンの詩は毎回の人気を集めているというのだ。
「ヨリム先輩・・・『世界』ってなんでしょう・・・。」
突然問われて、ヨンハは目を丸くした。ユンシクははっと我に返り、いいんです、いいんです、と手を振ったが、どっかと座り込んだヨンハにのらりくらりと問われた上に、どうせユニ殿のことだろ、と核心を突かれ、あの晩のジェシンのセリフを白状する羽目になった。
「へえ・・・そんな面白いことに・・・。」
本音をちらりと漏らしたヨンハは、天井を見上げて苦笑した。
「詩人には敵わないよね・・・俺に万分の一でもコロの詩才を分けてもらえたら、もっと妓生たちにモテるのに~。」
と軽薄なことを言ってから、顔を戻すと、家探ししよう!と腰を浮かすので、ユンシクとソンジュンは慌てた。
「何をですか?」
「何を探すんですか?」
「詩!」
高らかに叫んだヨンハに、二人は首を傾げた。
「コロの書いた詩だよ!いくつか隠してあるだろ。」
「え・・・でもサヨンの詩なら読んだことあるよ。」
「成均館文集に載ってましたね。」
「ああ、あれはさ、表に出す用の奴だから!」
棚に近寄るヨンハに縋り付くように、ユンシクは服の裾を掴んだ。
「勝手に触っちゃだめだよ~。」
「あいつは俺の部屋で勝手に酒を出してきて飲むぞ!」
「それはある場所が決まってるから・・・というか部屋に酒はもちこんじゃダメなのでは・・・?」
「えへ。」
嘘臭く笑ってごまかしたヨンハは、ユンシクとソンジュンの方を振り返った。
「俺だって一度か二度、ちらりと見えたのを読んだだけだが、コロの詩は文集に載っているような、形のきれいなだけのもんじゃ収まらないんだぞ。あいつの心は、全て言葉となって連なる。そんな赤裸々な詩を読めば、『世界』の意味も分かるんじゃないのかな。」
好奇心は猫をも殺す。それをユンシクとソンジュンは知らなかった。二人は立ち上がり、共犯者となるべく、ヨンハの傍に近寄った。