赦しの鐘 その65 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 正直ジェシンは冷静を欠いていた。袖の下慌てて隠したユンシクの右手は汚れていた。いくらこぶしを握っていても分かる。血の色に。弦に擦れすぎて切れたのか?いや、それならば練習していた時の方がよほど弓を引いている。あのときだって皮が破れて血はでていたが、流血するほどではなかった。じわじわとにじむ。これはこれでいたいのだが、今回のは何かが違う。

 

 大きく息を数度吸って吐いた。とりあえずあいつが大外れに的を外しても耐えられるように、点数を稼いでおかねばならない。図星さえとれば、逆転される事はない。ジェシンは目を開いて的を睨んだ。

 

 ユンシクの視線を感じる。ユニのものとは違っても、懸命に見つめる視線の温度は似ている。あいつもよく弓を引く俺を物陰から見ていた。幼い頃は自分もやりたいと駄々をこねたな、俺の前でだけ。母上や父上の前では絶対にしなかった。俺だけが知っているユニの姿。俺だけに甘えたユニ。ユニに格好悪いところを見せたくなくて、俺は上達したようなものだ。思い出す。お兄様、お兄様、当たったわ、すごいわ、お兄様、すごいわ。そう言ってユニは笑った。私にも触らせて、と弓をもって、案外重いことにおどろいていた。長いから重く感じるんだ。俺の体格に合わせたものだったから、幼いユニにはさぞ大きいものだったろう。お兄様はお強いのね、そうだな、この弓でお前を守ってやるぞ、そう言った。今俺は、お前の代わりにお前の弟を守るぞ、ユニ。

 

 右手を引き絞る。一瞬で的の中心を捕えた矢の先端。ぴたり、と定まった瞬間にぱあん、と翻る弓。

 

 矢は図星に吸い込まれ、後ろに組まれた板にめり込んで止まった。

 

 「何も言わねえ。やってこい。」

 

 すれ違いざまにそう言うと、蒼白な顔をしたユンシクが頷いた。痛むのだろう、いや、これから引き絞る弦が当たる痛みを考えたら怖いだろう。だが、今ユンシクは引けないのだ。

 

 西掌議ハ・インスに売られた喧嘩。賭け。負ければ勝った者のいう事を聞く。どう考えても、ハ・インスは無理難題を言うだろう。イ・ソンジュンを説得して西斎に移らせよ、ぐらいならまだいい。最悪、成均館を辞めるよう言うかもしれない。王様に直接命じられた成均館修学すら、インスにとってはどうでもいいのだ。けれどどれだってユンシクは譲れない。初めてできた、それも大切にしたい親友、学ぶ場、どれだって諦める事なんかしない。だからユンシクは喧嘩を買ったのだ。

 

 連帯感など、人とつるむなど、誰かのために、など、思わずに来た。母やユニのことはともかく、儒生仲間と何かを共に、という経験などなかったしする気も起らなかった。自分が偉いとは思わないが、自分の気持ちや身を預ける価値がある仲間などできるわけがないと思っていた。けれどできてしまった。よりによって一人は憎き老論の奴だが。一人はただの昔なじみだが。思いもよらずできてしまった弟のような存在のために、一緒に何かを成し遂げようと、戦おうとすることになるとは思わなかった。だが。気分は悪くない。ここまでやったぞ、お前はどれだけ踏ん張れるか、そう言って背中を押してやれる存在が出来るとは思っていなかった。ユニ、お前のおかげかもしれねえ、そう思い、ジェシンは細い背中を見守った。

 

 足場を固めたユンシクは、暫く目をつぶっていたようだったが、顔を上げ、決心したように矢をつがえた。そしていつも通りの動作で弓を掲げ、引き絞った。

 

 震えているのが分かる。震えていては狙いが定まらない。あらわになった手首に赤い筋が流れるのが見えた。止めるべきか。隣で見ているヨンハがジェシンの二の腕を掴んだ。ばん、と音がしたと思ったら、ヨンハはもう片方の手でソンジュンの肩を押さえていた。待ってやれ、もう少し、そうヨンハが囁いた瞬間。

 

 矢は放たれた。

 

 

 少し上向きか、と目をつぶりそうになった。的の上を通り過ぎる、そう思った時、矢は勢いを失い降下し始めた。それがよかったのか。

 

 矢は弱い音で図星にすぽん、と吸い込まれた。

 

 一瞬の静寂の後、歓声が起こる。中二坊組は勝ったのだ。

 

 

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