赦しの鐘 その64 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 準決勝の時には気付かなかった違和感が、五本目の矢を射たころから顕著になった。ユンシクはそれでもその弓を使わなければならない。小柄で非力なユンシクが使う事の出来る引きの強さの弓など、この一張りしかないのだ。替えの弦だってすぐには探せない。弓によって長さが違うから、たとえ誰かのものを臨時で借りるにしても、調節する時間などない。今は戦いの途中なのだ。

 

 ソンジュンとジェシンは図星連続的中の記録更新中だった。それに触発されたのか、決勝の相手である掌議組のカン・ムと、腕前を見込まれて組にいれられた下斎生は図星も射貫いているし9点、8点以下に当たりを落とさなかった。ユンシクが大きく的を外さねば楽勝だった。実際5本目までは頑張って8点台を射続けたのだ。しかし6本目、7本目を6点台に落としてしまった。

 

 ハ・インスも今一つ調子が悪かった。それでもユンシクの6,7本目の時に点を上回ったので、残り三回の機会に、他の二人が図星を射貫き、ハ・インスが二点ずつユンシクを上回り続ければ逆転できるところまで来た。中二坊組の二人の内どちらかが一点でも外してくれればもっと楽になる。そう思いながら射る順を待っていると、手柄顔で下斎生が二人ほどニタニタと笑顔を向けて来る。あいつはもう無理ですよ、なんてこそこそしゃべっている内容を聞かせるようにしてくる。確かにいきなりキム・ユンシクの調子が落ちた気がする。見事図星を射た二射目のジェシンが射台を降りた後、上がってきて矢をつがえるユンシクの顔色は良くなかった。小僧のくせに見栄を張るからだ、とにらみつけていると、その異変が本当はどこに起きているかが分かった。

 

 右手、弦を握る手が震えているのが分かった。力を入れると多少はそうなる。けれど弦が揺れるのが分かるほど震えていた。しかし、一瞬その震えを止めたと思ったとたんに矢は放たれ、的の8点台に当たった。ほっとしたように下りていくユンシクの右手は拳がにぎられたままだった。

 

 インスは下斎生達を振り向いた。9射目が始まっている。しかし自分の組の者の競技を見ずに、インスは下斎生達を睨んだ。何をした。浅はかな。俺でも気づいた。あいつらが気づかないはずはない。東斎の天幕を見ると、怪訝な顔で傍に立つソンジュンと、弓の弦をはじきながらユンシクの様子をうかがうジェシンが見えた。視線を感じてそちらを見ると、ヨンハが明らかな意思をもってインスを凝視していた。そのうるさい視線に、いつもならやり返す。だがそらしてしまった。

 

 自分にこれからつけられる、『卑怯者』という陰口が聞こえた気がした。

 

 カン・ムが図星、下斎生が9点。インスは静かに射台に立った。矢をつがえ、引き絞る。ああ、何もかもうまくいかない。あの小僧が成均館に来た日から。いや、学堂でイ・ソンジュンに相手にされなかった少年の日から。いや、あの父親の息子として生まれた日からなのか。

 

 9射目。ハ・インス、5点。

 

 中二坊組は、相変わらずの二人の満点に対し、ユンシクは6点だった。右手はやはり震えて弓が揺れていた。それでも体はよろけなかった。ソンジュンとの鍛錬のおかげだろう。下半身は弓の揺れも支えきった。しかしその時にはすでに異変は二人に知られてしまった。

 

 「・・・見せて見ろ。」

 

 「あと一回だから!」

 

 「いいから、みせておくれ、ユンシク。」

 

 「何か巻いたら・・・あ、俺の弓を使えよ・・・。」

 

 ヌルつくのは血が出ているからだし、それが指の隙間から流れてしまっているのも分かるけれど、ユンシクは頑として右手の拳を開かなかった。

 

 「あと一つ、射る。見せたって治らないし、何か巻いたら感触が分からなくなる。それからヨリム先輩の弓は長すぎて無理。」

 

 引く気などさらさらないから、無駄に格好良く長くしているヨンハの長大な弓。長い分、引き絞りにくいし重い。矢は飛ばないだろう。

 

 無言で掌議組の10射目を見守るしかなかった。カン・ム、図星。下斎生も踏んばって図星。ハ・インスは・・・6点だった。

 

 「いいか。一点でいい。取れ。的さえ外さなければ、俺たちの価値だ。」

 

 ソンジュンの図星を確認したジェシンが、射台に上がる前に、ユンシクに告げた。

 

 

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