赦しの鐘 その63 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「キム・ユンシクは体も頑健になってきたと見える。」

 

 「王様の御聖断により整えました薬房より、きちんと薬も服用していると聞いております。」

 

 続くキム・ユンシクについての会話に、ハ・インスの父親は身が竦むようだった。ムン・ジェシンの父親は知らぬふりをしている。彼にとっては都合など全く悪くないのだから。

 

 「ハ大監様のご子息の組も勝ち上がってきておりますから、決勝で当たるかもしれません。」

 

 会話に入れないハ・インスの父親を気遣ったのか、成均館の大司成が話を振った。注目され称賛されるのが大好きな男だが、今回だけは勘弁してほしかった。話題がどこに転ぶかわからないからだ。

 

 「それは面白い対戦になりそうであるな。両組とも勝ち上がればよいが。本日は優勝した者たちに褒美を用意しておるので楽しみである。」

 

 話が落ち着いたとほっとしたのもつかの間、ところで、と王様が口を開いた。

 

 「キム・ユンシクの身内は、鄙に住まいしていたと記憶しておる。元は都住まいであったろう。呼び寄せることはできぬのであろうか。」

 

 ざわめく成均館の音が全てなくなった気がした。ああ、と息を詰める。王様は覚えておられる。あのことを。どこまで。それからのことをどこまでご存じだ。

 

 「キム・ユンシクにそれを確認したことがございます。」

 

 響いたのはムン・ジェシンの父親の声だった。皆の意識がそこに集中するのが分かる。何故知っている。何故会っている。その答えは明白だ。ムン家にはユンシクの姉がいる。そこで育っている。

 

 「キム家の奥方は、現在は目が弱ったままですがここまで子息を育て上げられましたが、今も都を恐れております。特に鐘の音を。」

 

 「鐘の音?」

 

 「鐘の音・・・インジョンの鐘の音は奥方にとって家が崩壊する合図になってしまったのです。未だ胸の傷は癒えず・・・。子息の出世を喜んでおりますが、自らはその場から動くことはできないと。」

 

 大げさな、人の金で暮らしておいて、とその金をほとんど出していないハ・インスの父親は胸の内で呟いた。

 

 「奥方とキム・ユンシクの健康を戻すために、世話の必要な幼児であった娘を我が家で預かり続けました。彼はそれに頭を下げに来てくれたのです。その時に、事情を詳しく聞いたのでございます。」

 

 「なんと・・・そちは未だキム家の娘を養育しておったのか。」

 

 これは王様も知らなかったらしい。驚きの声に、ムン大監は軽く頭を下げた。

 

 「我が家でも、もう手放すことが出来ぬほどかわいがって育ててしまいました・・・。今は時折キム家の奥方に顔を見せに参っております。都に住まいしていただければもっと、と思ったのですが、奥方の心情を思うと無理強いはできませんでした。」

 

 「それは・・・貴殿には世話をかけさせたのですな。」

 

 左議政が息を整えるように話しかける言葉が耳を滑る。

 

 「元は当時の我が庁の責任でしたからな。無辜の者を死に至らしめた責は、すぐに元通りにはなりません。」

 

 強烈な嫌みだった。無辜のムン大監の長子も死に至らしめられたのだ。ここにいる誰かの手によって。そう言われたのも同然だった。

 

 「ここに至っては、育て切ろうと誓っております。幸い、我が奥も大層可愛がり、素直な良い娘に育ててくれました。それだけはキム家の実の二親に顔向けが出来ようかと。」

 

 思わずにらみつけたムン大監の顔は静まり返っていた。

 

 「顔向けできるように、どんなに時間をかけても返さねばならないことはあると思っております。」

 

 それはどちらに。キム家のことか。それとも。

 

 

 そして午後からの競技が始まった。

 

 

 ソンジュンとジェシンの調子は落ちなかった。中二坊組は勝ち進むにつれて、特に東斎の者たちが騒ぎ始め、ソンジュンを遠巻きにしていた者たちも親し気に話しかけ、ユンシクに水や甘いものを勧める者たちも出てきた。それに引き換え、西斎の天幕は緊迫しきっていた。

 

 ハ・インスの機嫌が悪いのだ。勝ち進んでいるのに。けれど勝っている内容が違う。得点差は圧倒的に中二坊組に分があった。ソンジュンとジェシンの二人の実力は分かっていた。しかし、足を引っ張るはずだったユンシクが思いの外検討しているのだ。それこそハ・インスよりも内容は良かった。

 

 そしてそれを目ざとく感じ取って、動く者がいた。動く者がいることを、ハ・インスは分かっていて、そして黙認したのだ。

 

 

 

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