赦しの鐘 その59 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 弓の対抗戦である手射礼は、両班の男子としては教養の一つである弓の腕前の競技大会だ。基本部屋ごとの対抗戦になるが、ヨンハのように贅沢に一人部屋にいる者は、他の部屋のものと組んで三人組になって参加する。ジェシンは昨年までは一人でのうのうと部屋を占拠していて、この大会には面倒がって出なかった。今年も面倒は面倒だが、出ないわけにはいかなくなった。

 

 ユンシクが喧嘩を買ったのだ。吹っ掛けられた喧嘩。ハ・インスから。この競技に勝った方が相手のいう事を何でも聞く、というものだ。インスはヒョロヒョロのユンシクが弓などできないと踏んでいたのだろうし、全くその通りではあるのだが、自分だって一人部屋じゃねえか、とジェシンが一瞬思ったところで、彼が勝つためにカン・ムを引き込み、他にもおそらく弓の上手を仲間にするだろうことは明白だったため、はっきりと眉をしかめた。

 

 「それでてめえ、弓はどれぐらいできるんだよ。」

 

 「分かりません。」

 

 はっきりくっきり返事をするユンシクに、あ、と軽く凄んで見せると、だって、とふくれっ面を晒す。

 

 「弓なんか引いた事がないもの。」

 

 額に手を当てて天井を仰いだジェシンと、深くため息をついたソンジュンに、ごめんなさい、とユンシクは初めて体を縮こまらせた。今まで虚勢を張っていたのがまるわかりだった。

 

 それからなりふり構わない特訓が始まった。ソンジュンによるものだ。正直ジェシンは何もしなかった。人に教えるのは苦手なのだ。時折手にできた、弓の弦による傷を酒で消毒し、無理やり休息させ、甘いものを食わせるぐらいしかできなかった。特に夜遅くまで的に向かうユンシクを引きずって部屋に戻るのはジェシンの役目だった。頃合いを見計らうために離れたところから眺めていると、徐々に上達しているのが分かった。体力はもちろんいる。しかし、弓はまず下半身の安定だ。それには下半身のどこに重心を置くかがわからねば、どんなに体力があり力がある者でも不安定になる。ユンシクは、体力も腕力も何もなかったが、それを分かったうえで総合的に体を鍛えることも課したソンジュンの指導は正しく、最初からユンシクの弓を引く姿勢は芯の通った正しいものだった。これならば、と安心したのをジェシンは覚えている。正しい姿勢を保っていれば、正しい重心のありかは分かるはずだ。その考えは数日後に確信に変わった。足を開き、姿勢を決めたとき、ずん、と腰が据わったのが目に見えて分かったのだ。その時からユンシクの弓は揺れなくなった。構え、引き始めて、的を狙うほんの少しの時間の間。ぴたりと支える下半身が上半身をきちんと固定した。その日から、ユンシクの矢は的を射貫き始めた。

 

 はじめはあざ笑っていた儒生たちも、焦り始めた。勝負にすらならないよ、いくらムン・ジェシンやイ・ソンジュンが図星を当て続けたとしても、的にすら届かないものが一人いたら台無しだ、そんなことを言っていられなくなった。弓を引いた事すらない奴に負けるわけにはいかない、と熱心に練習するものが増えた。時折カン・ムが練習をするのを見たが、彼は肩慣らしのように持っている矢の数だけ打ち込むと、それで練習を終えていく。それでも放った矢はすべて図星の周りに集まるさすがの腕前だった。ハ・インスも時折しているようだが、ジェシンが見る事はなかった。

 

 時折、南山谷の彼らの母のところに行った時のことを、ユニがユンシクに手紙に書いてよこす。それにユンシクはいちいち返事を返すのだが、手射礼のことを書いて送ったらしい。手射礼は全くの学内の行事なので、時に王様や高官が臨席することはあっても、一般には公開されない。ただ、高官の子息がいるために、幾人かにとっては身内に見られる競技ではあるが。だから、観覧できないのが残念です、という口上とともに、中二坊三人のために紫の絹で網巾が届けられて、三人の士気は否が応でも上がった。正直、ソンジュンとジェシンの父親は来るだろうが、それよりもよほどこの網巾を巻いた方が気合が入る。

 

 「ありがたく思え、俺の妹の激励の気持ちだ。」

 

 「ユンシクの姉上でしょう?」

 

 真面目腐って指をさすジェシンの前で、ソンジュンが上品な紫色を額に当てて、呆れたようにジェシンを見るのを、ユンシクが嬉しそうに笑いながら見ていた。

 

 

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