㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
成均館に入れば、南人の子弟も多くいる、付き合いを広げるとよい、勿論我が息子も頼ればよい、そういう事を低い声で述べられて、どこで口を挟むことが出来ようか。遥か年長であり、身分も地位もあり、そして自分たち家族の恩人の話の腰を折ることなど、ユンシクにはできなかった。頷きながら話を聞いていると、入ります、という声とともに、扉が開き、内心ほっとしたぐらいだった。
どっかりとユンシクと斜め前に座ったジェシンは、父に向かってこう言った。
「母上はもう休まれるそうで、ユニがお傍におります。」
「そうか・・・ユンシク殿、奥は少し体を壊した時期があって、夜が早い。挨拶なしなのを許されよ。」
「いえ。事情を知らずに時刻を間違えました。こちらこそ申し訳ありません。」
感心したような父の表情に、ジェシンは、俺だって挨拶ぐらいできる、とムッとした。しかし、人と会わない生活をしていたらしいにしては、ユンシクは非常に常識的で上品な物腰を崩さなかった。これこそ母親の薫陶のたまものなのだろう。ユニも、教育に関しては、実母の下に居ても十分な教養を与えられただろうことは想像がつき、少し胸が痛んだ。
「父上、我らが夕餉をとった後にユニはユンシク殿と話がしたいと申しておりました。ユンシク殿、それでいいか。」
「呼び捨てでおねがいいたします。僕は年少ですし、明日からは成均館であなたの後輩になりますから。」
そう言ってにっこり笑ったユンシクはあどけなくて、ますますユニに似て見えた。
「おう・・・ならそうする。」
さて、お前が寝る部屋に案内しよう、そう言ってジェシンは立ち上がった。
執事がおろおろとついてくる中、ジェシンはさっさと成廊棟の自室の隣に用意された部屋へとユンシクを連れて行った。ユンシクの荷はそこに置かれてあり、大荷物だな、とジェシンは呆れたように笑った。
「何をもっていけばわからなくて。」
そう言うユンシクに中身を聞くと、大半は本なのだという。
「必要そうな本や読みかけ・・・まだ読んでいない父の蔵書を積んできたんですけど・・・。」
見せて見ろ、というジェシンに、ユンシクは荷をほどいた。肌着や最低限の衣服は嵩も少なく、本当に本がほとんどだったので、よくこんなものを背負ってきたな、と素直にジェシンは驚いた。ついでに本を調べてみると、四書などは納得がいくが、本来は読むことに眉を顰められる西洋の本などもあったのでそれを仕分けしてやった。
「こういうのは今は禁書に近い。耶蘇教が広まっていることもあり、取り締まりの対象になる。興味があっても口に出すな。それに時々部屋に監査が入るからな・・・持ち込まない方がいい。」
ここにおいてけ、実家に戻る日に持って帰れ、と言われて、ユンシクはほっとしながら数冊の本をジェシンに預けた。
「助かりました・・・本当にどうしたらいいかわからなくて。母も着替えぐらいしか用意してやれないというのですが、逆にそれで十分だったのですね。」
「まあ筆記具は自前がいるけどなあ・・・。儒生服はもっていなければ貸与がある。お前みたいな細っこいのにちょうどいいのがあるかは知らねえ。子供用はないぞ。」
「これから大きくなります!」
からかうとむくれるのも面白かった。それでもユンシクに対する不安は去らない。ユンシクは何の話を持ってきた。ユニの養育に対する礼だけではないだろう。返せと。キム家の娘を返せと。父に言ったのではないのか?それを言いに来たのではないのか?
聞きたいけれど怖い。父の部屋に入ったとき、なぜだか父親が演説していた。父上も大したことないな、俺と一緒だ。肝心かなめのことになると口が回らねえ。
持ち物の話などをしていたら、若様もご一緒にお召し上がりになりますか、と下女が声を掛けに来た。外はもう真っ暗だった。まだ春速い時期、日は短めだから夕刻は速く訪れる。
成均館のものよりは少し豊かな膳を二人で囲み、腹いっぱいになったところで扉の外から声がかかった。
「お茶をお持ちしました。はいってもよろしいですか?」
ユニの声だった。