赦しの鐘 その45 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 静かに歩んでくるユンシクを、働きながらちらちらと下人下女が見る。皆知っている、今日、この屋敷のお嬢様の実の身内がやってくることを。そして、その行く先が気になることも皆同じだ。

 

 訪ないを知らされて、執事が慌てて出迎えに出てきた。そしてジェシンもゆっくりと縁側を下りた。

 

 執事が声を掛ける前に、よう、とジェシンが声を掛けた。するとユンシクは深くかぶった笠の縁をつと指で上げ、まっすぐ声をした方に顔を向けた。

 

 ああ、と下人の誰かが声を上げた。ざわり、と屋敷の空気が動いた気がする。当たり前だ、とジェシンは苦笑した。その顔。誰に見せても皆思う。血は争えない、と。

 

 知り合いか、という疑念の目をこちらにやる執事を無視して、ジェシンはユンシクにつかつかと近づいた。

 

 「・・・本日は御世話になります。」

 

 そう言って会釈するユンシクに、おう、とおざなりに返事をしてから、執事にぶっきらぼうにつないでやった。

 

 「父上のところに案内しろ。」

 

 「わ・・・若様はご一緒に・・・。」

 

 「先に行ってろ。母上とユニに知らせてから行くって父上に言っておいてくれ。」

 

 そしてユンシクの肩をぽんと押さえるように叩くと、ジェシンは内棟に向かった。

 

 

 ユンシクは屋敷中からの視線を感じながら成廊棟に上がり、一室に案内された。持っていた大荷物はお泊りの部屋に運ばせます、と言われて縁側に置き、執事が入室のために声を掛けている間に、胸元を少し直して身構えた。何しろ人に聞きながらたどり着いた先が、周囲より一回りも大きい屋敷であり門構えであることで、逃げ出したい気分を奮い立たせて入ってきたのだ。ただでも立派な屋敷が立ち並ぶ界隈だったので緊張していたのにだ。入っていただけ、という低い声が聞こえて、なお一層体は固くなった。恐怖に歯を食いしばり、大きく息を吸い吐きして、思い切って扉を開けた。

 

 母からは二つ、頼まれてきていた。一つは、これまでのムン家の厚情、特に姉ユニの養育に物心ともにありがたく感謝している、という事。そしてもう一つは。

 

 二点を胸にたたんだまま、ユンシクは頭を軽く垂れて中に入り、深く会釈をした。座り給え、と声を掛けられて初めて腰を下ろし、まっすぐに顔を戻す。正面にはすでに知り合っていたこの家の子息、ムン・ジェシンの将来をほうふつとさせるムン家の当主が座っていた。おそらくジェシンの方が少し繊細な線で出来ていると思うほど、重厚で男臭い容貌だった。

 

 「キム・ユンシクでございます。直接お会いして、ご挨拶したいと思っておりました。」

 

 そう言ってもう一度深く頭を下げた。それに答えが返ってくる。

 

 「儂も君に会ってみたいと思っておった。キム・ユンシク殿。ようも無事に育ってくれた。」

 

 「母から言伝を頼まれております・・・。長年にわたりわがキム家を気に掛けてくだされたのは、ムン大監様だけでございました。ありがとうございます、と。」

 

 「いや・・・貴家の被った被害を思えば当然のこと。」

 

 「こうも申しておりました。物心ともに娘ユニの養育に尽くしていただいたこと、感謝に堪えません。」

 

 「ユニは・・・ユンシク殿、あえてユニと呼ばせていただくが・・・ユニは我が屋敷の光であった。ユニの存在に我らはどれほど心を癒されたか。もらったものの方が多い。」

 

 少し沈黙が落ちた。茶が運ばれてきたからだ。供される間黙った二人は、扉が閉まってもしばらくまた黙り、そして口を開いたのはジェシンの父の方だった。

 

 「この度は、小科に合格されたこと、めでたい。特に生員での二位は見事であったと王様からお褒めを預かったと聞いている。成均館でこれより学ばれること、精進されることを祈る。」

 

 「お言葉、ありがとうございます。素晴らしい博士方の下で学べる喜びで、今入学が待ちきれなくて仕方がありません。精進いたします。」

 

 もう一つの母からの伝言。それが言いだせなかった。だんだん話がそらされていく気がして。どうしたものか、とユンシクは考えた。母はこう言ったのだ。ユンシクはまだ儒生として学ばねばならず、役人として働く前に成均館でさらに王様のお役に立つものになるよう励む必要がある。一人前には名前だけで中身が伴っていない。ユニには会いたいし共に暮らしたいが、それでも我が家はまだまだ再建の途中。ユニは実母よりも養父母に恩を返さねばならないほど長く慈しんでいただいたのだから、時に会わせていただけるのであれば、引き続きムン家で養父母に親孝行させてやってはもらえないだろうか。

 

 その後こぼした言葉は言えない、裕福な環境で育てて頂いているのだろうから、今更厳しい暮らしはさせたくないのだよ、と寂し気につぶやいたのを。

 

 

 

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