赦しの鐘 その19 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 当然ジェシンがユニの外出を知るわけがない。成均館にいるのだから、それを私事、特に冠婚葬祭などの私用でなければ、呼び出すことなどありえないことだ。

 

 ユニの外出に際して、父は屋敷の中で一番屈強な下人を供に指名したし、下女も機転が利く中堅のしっかりした者を母が選んだ。大げさな、と思う者も屋敷の中にはいたかもしれないが、それでも娘の初めての外出だ、両親としては必死なのだろう、とそれなりの年のものは訳知り顔に言ったものだ。

 

 お嬢様は、ほら、お綺麗だからさ・・・そうだよね、それに本当に箱入りにしてお育てだもんねえ・・・

 

 そんな風に他の下人が噂する中、ユニは出かけた。ふうわりと柔らかな若草色の長衣を被り、薄い卵色のチョゴリに紺色のチマ。母の心のこもったペッシテンギを黒髪に飾ったユニは、どこからどう見ても両班の令嬢だった。だから貸本屋の主人はそれはそれは揉み手を上げ下げして、満面の笑みで接客した。

 

 「お嬢様!お嬢様はどの様な本をお探しで?!」

 

 甲高い声で聴く主人に、ユニは長衣の前を少し緩めて首を傾げた。

 

 「先日兄がこちらで説話集を贖ってくれましたの。それがとても面白うございましたから、自分でも本を直接探したかったのですけれど・・・こんなに並んでいると迷いますね・・・。」

 

 「説話集をお買い上げと言いますと、ムンの若様でいらっしゃいますですか?!」

 

 「ええ。ムン・ジェシンは私の兄です。」

 

 上客の到来に、貸本屋の主人は舞い上がった。ムン・ジェシンという儒生は、この雲従街という市を牛耳っているともいわれるク家の坊ちゃんと仲が良い両班の若君で、以前から本や詩集を買ってくれる客だ。それに金は言い値で払う。ク家の坊ちゃんに近しい人なので、ちゃんと適正な価格で売っているが、本は安価ではないから、どちらにしろポンと金を払ってくれる問題のないいい客なのだ。その妹様だと、と新たな常連への期待に、主人の接客は熱を帯びた。

 

 「本屋は初めてでいらっしゃいますか?そうですか!光栄でございますよお嬢様!ではご案内させていただきます。こちらが今若い娘さんやご婦人方に人気の本でございます。どうぞ手にとって読んでみてくださいましな。貸本屋はですね、あらかたの本はまず借り賃を払って読んでみていただいて、お気にいっていただきましたら筆写本をご購入いただくんですよう・・・。けれどこういう大衆本はですね、購入していただくんです。後、お勉強にお使いになる四書五経なんかはご購入いただけるよう在庫がございますが、新しい学術書なんかはご注文いただいて…。」

 

 こちらの棚は大衆本、こちらは様々な本を集めてごらんいただいています、お嬢様の兄上様もその棚から説話集をお選びいただきましたんですよ、こちらは子供向けの本ですねえ、絵が多いのが特徴です、楽しいものですけれどね、こちらは・・・。

 

 ユニはゆっくりと棚を見物し、いくつか選んだ本を貸してもらうことにした。貸賃を払い、借りた本を筆写してもらって購入するかどうかは、本を引き取りに主人がムン家に来るときに返答することにした。お嬢様に足を運ばせるなんて、と貸本屋の主人が主張したのだ。

 

 「でも私、またこちらで本を探したいわ。」

 

 「ありがとうございますです!ええ、ぜひ!ですがあ、お貸しした本に関しては、あたしが引き取りに伺わせていただきますよう!」

 

 引かない主人に、ユニは仕方がなく頷いて、借りた本を下人に持たせ、初めての貸本屋体験を終えた。何事もなく屋敷に着いたユニは、本を早く読みたかったが、心配して待っていた母に、初めての外出を話さなければならなかった。どちらにしろ、市の雑踏の人の多さ、賑わい、本屋の様子などはユニを興奮させていたから、話し始めると母が笑うほど楽しく報告が出来たので、成功と言えるだろう。これならまた外出も許されるわ、とホクホクと借りた本をその日の晩から読みだした。

 

 約束の日、貸本屋の主人はきちんと現れた。小さく揉み手をしながら一室に通され、そこに執事同席の元、ユニが現れるのを待った。大きなお屋敷、何人も見かけた下人下女、貸本屋の主人は本当に上客だとニマニマした。その愛想笑いは、ユニが爽やかに部屋に入ってきて、下女に持たせた本を並べ、この二冊を贖いたいんですけれど、と言ったユニの顔を、ぺこぺこと下げていた頭を上げて直視したときに固まった。

 

 雇っているキムの若様とうり二つの顔だったから。

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村