赦しの鐘 その20 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「お・・・お嬢様・・・あの・・・。」

 

 驚きを隠しもせず呼びかける貸本屋の主人に、ユニは首を傾げた。

 

 「もしかして、大層時間か掛かりますの、この本の筆写本が完成足しますのは?」

 

 「いえ・・・あの・・・半月ほどいただければ本はお届けできると思いますが・・・あの・・・お嬢様、こちらのお屋敷には、南山谷という村にご親戚がおられませんか?」

 

 そう言ったとたんに、執事が口を挟んだ。

 

 「ご主人。お嬢様のご用はこれでおしまいだ。引き取り給え。」

 

 「あら、ご主人は何か私にお聞きになりたいのよ、ムン家の親戚が何かしら・・・。」

 

 「お嬢様、奥様がお呼びでございますよ。」

 

 廊下で控えていた奥向きの下女までがユニの言葉を遮った。商談とはいえ男と対するのだからと、付き人がいるにもかかわらず扉は開け放ってあったのだ。会話など丸聞こえだった。執事の口調に、貸本屋の主人からユニを引き離さねばならないことを汲み取ったのは、流石に老練な下女だった。

 

 「そうなの?ご主人、またお聞きしますね、そうだわ、この者に聞いておいてくださいな、私よりも詳しいわ。私あまり親戚関係はわからないの・・・。」

 

 部屋に入ってきた下女に手を引かれて、ユニは素直に立ち、失礼しますね、と律義に言って部屋を去って行った。

 

 「・・・あの・・・あたしは何か失礼なことをお聞きしたんでございましょうか・・・。」

 

 我に返った貸本屋の主人が少し震えながら執事に聞いた。お嬢様は気分を損じた感じではなかった。だが周囲、執事や下女の言葉はどこか会話を切り上げさせるために刃物のように割って入ったように思い出されて、背筋が冷えた。これは出入り禁止になるか、と儲け口を一つ失うかもしれない心配の方へ心が傾いたのは、流石に商売人と言ったところか。

 

 「失礼・・・というより余計なこと、と言った方が良いかもしれないが・・・。」

 

 小さいつぶやきは、二人しかいない部屋の中でははっきりと聞こえた。貸本屋の主人が肩をすくめたとたん、執事はじっと彼を睨んできた。

 

 「・・・先ほど、南山谷と申したな。」

 

 「・・・は・・・はい・・・。」

 

 「なぜその地名が出てきたのだ。」

 

 この執事は、ユニが嬉しそうに本の注文をしているのを、これまた嬉しそうにほほ笑んで眺めていたのだ。今はそれがまるで幻だったかのように厳しい顔をしている。

 

 「あ・・・いえ・・・うちの筆写の仕事をしていただいている若様がいらっしゃいましてえ・・・。その若様のお住まいが都から北に行きました南山谷という村でございましてえ・・・あの、その・・・。」

 

 「その若君がどうだというのだ。」

 

 「いえ、先日はお嬢様がご来店されたときには、お嬢様は流石深窓のご令嬢でいらして・・・へへ・・・お顔をしかと拝見してはいなかったんでございますよ。本日初めてこの目で拝見しましてねえ・・・あまりのお美しさに驚いたんでございますが・・・そのキムの若様もお綺麗な若様で・・・お嬢様とうり二つ・・・。」

 

 ご主人、と執事が冷たい声で遮った。貸本屋の主人は、しゃべりだして調子よくなってきていた口を、ひ、という呼吸音と共に止めた。

 

 「今日ご主人が思ったことは、口外してはならない。今後、お嬢様にも言ったり聞いたりしてはならない。物事には時期があり、それを関係のない者に破られると困る事があるのだ。よいな。もし漏れたとなると・・・旦那様はどうかわからないが、うちの若様がどう思われるか・・・。若様は大層お嬢様を大事にしておられるのでな。御主人も雲従街で商売をしておられるのだから存じているだろう、うちの若様の評判を。」

 

 貸本屋に来るときのジェシンはただの青年だが、噂が集まる市の人間なら皆知っている。市を牛耳るク家の若様ヨンハの親友ムン・ジェシンという人は、両班のいい家の若様なのに、腕っぷしがやたら強く、博打場でも喧嘩で負けなし、ク家の若様が『暴れ馬』というあだ名をつけるほどの人だと。

 

 「お分かりいただけたか?」

 

 貸本屋の主人は、ユニという令嬢と自分の抱える筆写をする貧乏両班の若者の話がこの屋敷の地雷なのだと、はっきりと自覚し、静かに脅す執事に何度も頷いた。

 

 

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