㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニは確かに幼いころから時々夜中に泣いた。わんわん声を上げるわけでなくひっそりと。それが、矢張り彼女のどこか遠慮の気持ちを表しているようで不憫でならない、と母が父に訴えていたのを、その当時は自分もそこそこ幼かったジェシンは覚えていた。それにユニのそのひっそりとした夜泣きは、10歳を超える頃までは思い出したようにあったのだ。朝、赤く腫れぼったい瞼をしているときがあったのを、これはそこそこ少年だったジェシンは覚えている。そこから今に至るまでは、なかったはずだった。あれば心配の種として母が父に訴えているだろうし、父はジェシンにユニに心配事を聞き出せ、と言ったはずだった。昔からそうだった。父はユニの苦しみを直視することを嫌がった。哀れ過ぎて逆に何を言ってやれば、してやればいいのかわからないのだろうと母は苦笑していた。母のように優しく抱きしめてやればいいのに、とジェシンは思ったものだ。だが、ジェシンの父はそういう慈愛を表す行動が下手だった。照れると言ったらいいか。だから代わりにジェシンが一緒に本を読み、遊び、長兄のヨンシンが絵草紙などの土産で喜ばせるという事をせねばならなかったのだ。そうジェシンは思っている。
母は体が元気であれば、今もユニと共に寝る。内棟にユニも部屋はもらっているが、それでもまるで部屋数の少ない家のように、ユニを寝かしつけることを辞めないのは、ユニの夜泣きの思い出が残っているからだろうし、だからこそユニはつい母の不調の理由に自分の久しぶりの夜泣きを挙げてしまったのだ。母に迷惑をかけたと思っているのだろう。
「ユニ。お前は時折夜中に泣いていたが、ここ数年は大丈夫だったろう?なにか・・・昔泣いていたのと同じような理由があったのか?」
長年持っていた疑問だった。ユニは確かにムン家の家族に大事にされている幸せを実感しているだろうし、自分がここにいる理由も理解している。おそらくあのヨンシンが亡くなった後父が説明したときよりもずっと意味が分かっているはずだった。自分には相談する相手がいることだって理解しているはずだ。母、父、そしてジェシンだってユニのために話を聞いて共に考えることを厭わない。けれど、ユニは何か・・・隠しているようにずっと感じていたのだ。
「お前が泣くのは決まって夜だった。母上に聞くと、赤子は夜中にも泣くものだと教えてくださったが、赤子ではなくなってもお前は時折泣いていたな。母上は怖い夢を見ているようです、とつぶやかれた事がある。それは毎回違うのか・・・それとも毎回同じか?」
最後の最後でユニはピクリと肩を動かした。そうか、毎回同じ夢を見て、その夢がお前を怖がらせているのだな、とジェシンは理解した。髪を撫でていた手を下ろし、ピクリとこわばった肩を優しくなでた。骨の細い、華奢な肩だった。背中も撫でると、こちらもこわばっていた。怖いのか、そんなに。それとも話したくないのか。
言いたくなければ無理に・・・と口を開きかけたとき、ユニがジェシンを見上げた。つまんでいた菓子を袋に戻し、瞳は少し潤み始めていた。
「・・・同じ夢・・・を見ます。手を引っ張られて歩くんですけど辺りは真っ暗なの。なのに突然・・・目の前が真っ赤になるの・・・ずっと誰かが喚く声が聞こえる。また引きずられて隣の部屋、また隣の部屋に・・・でも背中がずっと熱いの・・・。でね、吸う息が苦しくなって、そうしたら今度は目の前が真っ暗になるの・・・はっと目が覚めたら、上掛けに顔を押し付けて・・・いっぱい涙が出ているの。」
それはたぶんユニの原風景。覚えている最も古い記憶。そして、それが最も恐ろしいものだという不幸。聞いただけで分かる、それはユニが保護されたあの晩、体験したすべてだ。ユニの実母が必死に歩けるユニの手を引きずり、片手にはまだまだ赤子の弟を抱え、捕り方から隠れた後、火事に気付き今度は炎から逃れるため部屋から部屋へ移った。けれど外には出られなかった。夫がなぜか乱暴な目に遭っている。もしかしたら暴漢か盗賊かと思ったのかもしれない。何しろ人目を避けながら炎からも逃れねばならなかった一人の母親の姿。そしてそれが記憶にこびりついた幼い娘。
「ずっとか?」
「ずっと・・・同じ。見なくなっていたのに、この間・・・あの人の名前を聞いてしまったの・・・。」
ハ・ウジュ。ユニの家族を壊した男。