赦しの鐘 その12 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「・・・誰から聞いた?」

 

 「お母様が・・・人から聞かされるよりは、と教えてくださいました。」

 

 確かに、屋敷にまで押しかけてきたキム家の親戚とやらのことに対処したのは母で、屋敷内であったからこそユニだって異変に気付く。自ら聴きはしないものの、自分のことを見る母の目を見れば、自分に関することで何かが、ぐらいは悟る。母は歪んだ情報や断片的な話を聞かされて、ユニが不安を大きくさせることを避けたかったのだろう。それに、ユニは成長した。齢15とはいえ、ユニは親バカ兄バカ上等と言っても大げさではないほど聡明だ。母が教える娘としての立ち振る舞いや教養もすぐに身に着けるし、字もハッとするほど美しい。物覚えよく、父が甘いのをいいことにジェシンやヨンシンの傍で儒学の書物を聞き覚え、実際に読みこなしてきた。訳が分からない子どもではすでになくなっている。

 

 「・・・母上は何と言われた?」

 

 「何があってもお前の望まないことはさせない、と言ってくださいました。お父様もそのつもりで応対しておられるって・・・。」

 

 「その通りだ。もう奴はお前に手を出さねえよ。父上にとってお前は大事な娘だ。」

 

 うん、と頷くユニの髪を撫でる。母がいつもほめる豊かで艶のある美しい黒髪。母が手ずから縫い上げたペッシテンギをかわいらしくつけて涙ぐむ顔は幼い時のままなのに、結った髪の間から覗くうなじがあまりにも白くて、ジェシンは一瞬ぞくりとした。

 

 「お前の見るその夢は・・・多分お前の実家が間違えて踏み込まれたあの日の記憶なんだろうな・・・。」

 

 「私もそう思います。」

 

 「お前は確か二つ。まだ赤ん坊だった。」

 

 「はい。それに私、はっきりいろいろと覚えているのは、矢張りこちらにきてから一年も二年も経ってからだと思うんです。それぐらいのときからの出来事は沢山思い出せるの。」

 

 「俺は五つだった。お前が来た晩、母上が抱いていたのは赤い布だったと覚えている。次の日布団で寝ているお前の姿も。その後会った時、母上に手をとられて歩いているお前も。」

 

 ユニはムン家に来た次の日、昼頃まで寝こけた後、起きて周りを見渡し、見知らぬ大人ばかりなのを知ってしくしくと泣いた。あの時から声を出さずに泣く娘だった。母が慌ててあやし、急いで縫ったのだろう小さな幼女用の長衣に着替えさせて、粥を食べさせていた。ジェシンはずっとその場にいたから覚えている。というよりいるように言われた記憶もある。兄ヨンシンはジェシンより十近く年上で、体もすっかり大きかった。屋敷内に子供はジェシンしかいなかったのだ。ユニのために、せめてもの気休めのためにそこに居させられたのだろう。

 

 けれどユニが先に懐いたのはヨンシンだった。それは仕方がない。ヨンシンはジェシンにも大層優しい兄だったが、事情のあるユニはその上に哀れさが加わって、抱き上げる手つき、歩くために手をとってやる様子から甘やかしていることがよくわかった。ジェシンは少し年上とはいえ、たかだが五つだ。そんな芸当が出来るわけがなく、兄ヨンシンのジェシンへの扱いが、赤ん坊のユニと変わらないことに不満があるぐらいだった。

 

 最初はまだ喋れないかと思うほど無口だったユニだが、二日、三日と経つと、結構言葉を知っていることが分かってきた。そこはやはり幼かった。穏やかで安心する環境にすぐに慣れたのだ。朝はぺしゃんと頭を額づけてごじゃます、と挨拶をする。おはようございますのつもりなのだろう。飯が美味いと、顔いっぱい笑顔を浮かべる。庭に来る鳥に、ぴいぴいといしゃんと呼びかけ、菓子を見て手を差し出し、きえい、と聴く。これは手が綺麗か確認せよという事か、と兄が笑っていた。躾のよいお家なのですね、と母も感心していた。

 

 だが、ムン家の家族の呼び方だけは、両親も決めあぐねていた。実の両親でもなく預かりものだし、かといってあまりにかわいいユニに他人行儀な旦那様、奥様なんぞで呼ばれたくない。娘が生まれなかったこの夫婦は、ユニが可愛くて仕方がないのだ。その中で一歩先んじたのが、ここまでユニを様子見するしかなかったジェシンだった。

 

 に、にぃ。

 

 ジェシンを見て何か言いたそうに首をかしげるユニに、戯れに教えて見たのだ。俺はお前の兄だ。年上だからな。お兄様だぞ、兄様。ほら呼んでみろ。自分の鼻先を指さしながら連呼すると、小さな手をジェシンの鼻に伸ばしながらユニが笑った。

 

 にぃ

 

 

 あの時からジェシンはユニの兄だ。だから何度でも言える。

 

 「父上だけじゃない。俺だってお前が大事な妹だ。手なんか出させねえよ、誰にも。」

 

 少し胸がちりりと痛んだ気がしたが、それはユニの泣き笑いの顔ですぐに忘れた。

 

 

 

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