㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「先生は軽食を摂られるのか?」
「いえ、私は年寄りましたので、食は軽くしております。昼は茶か白湯のみの習慣でございます。」
「なるほど。」
そう言った王様は、軽い身のこなしで立ち上がった。
「では余が軽食を戴きに参ろう。」
ついでに他のところも見学させてもらおう、とたちまちのうちに扉を開けて出ていくのを、チェ師は呆然と見送るしかなかった。
直前に部屋を辞したユンシクが庭を横切っていくのが見え、王様は縁側伝いにそれを追った。チェ師の居間や講義の間がある成廊棟を抜け、二歩ほどの渡り廊下の向こうには扉のある部屋が三間、それぞれは狭いようで扉の間隔の狭さがそれを物語っている。そこも瞬く間に通り抜け、直角につながっている縁側を回り込むと、そこにはわらわらと供の兵たちがたむろしていた。皆地に座ってそれぞれが椀のようなものを持っている。王様の登場に弾かれたように立ち上がったが、それを押さえるように手を振って、王様は突き当りの入口へと入っていった。そこは板間になっており、右手は土間。厨と呼ばれる場所だった。
「姉上!王様もトックをお召し上がりになるそ・・・。」
厨で元気よく張り上げられたユンシクの声はそこで尻つぼんだ。大きく見開かれた瞳が、薄暗い土間の中でもよくわかる。そして板間には三人の儒生がいて、ついでにヨンダルもいた。よく見れば板間と繋がっている部屋の扉が開け放たれていて、そこに驚いた顔の内官とパク武官が座っているのも分かり、王様は笑ってしまった。
「なんだそなたたち、楽しそうではないか。ヨンダル。軽食とやらはこちらで摂る物なら、余に教えておくべきではないか?」
「えっと・・・王様。こちらは様々に家事を行う場にございますから王様がお越しになる場ではないかと・・・それに儒生はこちらで食事をいたしますが、父は自室で飲食をいたします故、王様もそちらかと・・・。」
首筋を撫でながら困ったように言うヨンダルに、先生は今の刻限は茶しかたしなまれぬと申された、と王様はどかりと座った。
「先生の前で独り物を食するなど、礼を失するであろう。余は本日は書院にて先生の薫陶を受ける身である。儒生と同じで良い。」
流石に、皆のために茶を淹れようとしていたソンジュンも、椀を抱えたジェシンも、箸を持っていたヨンハも固まっていた。内官は慌てて部屋から飛び出し、パク武官は口に入れていたトックをむやみやたらに噛んだ。
「王様、別室に。チェ博士、どちらかに案内を・・・。」
「よい。この書院は学ぶ者のためにあるのであって、人の接待のための部屋など所望してはならぬ。食事の部屋があるのだから、余がそれに従えばよいのだ。」
「しかしそれではあまりにも・・・。」
と嘆く内官よりも、先にヨンダルが復活した。
「偶にはよいではありませんかナム内官様。王様、真の『軽食』でございますよ。ただ、本日は人数分をユニ殿が用意してくださったので、忙しい思いをさせましたが、美味うございます故、王様も腹ごしらえをいたしましょう。」
ユンシク君、とヨンダルに言われて、土間に突っ立っていたユンシクはようやく動き出した。その動きを追う。するとそこには、ヨンダルの呼ぶ『ユニ』という娘の姿があることに、王様はようやく気付いた。
土間に唯一ある小さな小窓は、板戸が外からつっかえ棒であけられていて、淡く光が入ってきていた。その真下にある窯の煙を抜くためだろうその窓からの光に、窯の前に立っているユニの姿は照らされていた。質素なチョゴリとチマの上に大きな前掛けをし、大なべをかきまぜていただろうへらを握ったままの姿だったが。
「姉上。」
そう呼ぶ小さな声は、他に喋る者のいない厨ではよく聴こえた。そしてそれにこたえる、はい、ご用意いたしましょう、という柔らかな声も。
その姉弟の様子は、淡い光の中で、まるで墨絵のように美しく王様の目に映った。