㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニはユンシクと言葉を交わした後、鍋をかき回していたへらをユンシクに渡し、板場の王様の方へと体を向けた。顔はうつむき加減だったが、ユンシクとの会話の際にすっかりその横顔は見えてしまっていた。王様はまじまじとユニを見ていたが、ユニは構わずに両手を額に上げ、美しく腰を折った。
「このような場にての挨拶、失礼とは存じますがお許しくださいませ。キム家の娘、キム・ユンシクの姉にございます。」
そう挨拶をしたユニに、王様は構わぬ、世話をかけて居る、とだけ返した。そう返すしかなかった。それほど隙のない簡潔な挨拶だった。
「ソンジュン様、こちらに新たな茶器がございます。どうぞこちらをお使いください。」
そう言って少しばかり動いて棚から綺麗に布でくるまれたものを盆の上にそっと置いた。それは艶のある漆器の茶たくと藍の色も美しい陶器の湯のみだった。
慌てたようにその湯飲みを取りに板場をいざったソンジュンに頷くと、ジェシン様、ヨンハ様、と今度は呼んだ。二人はまだ椀を抱え、箸を握ったままだった。
「どうぞ座の位置をお替わりになって。お客様に円座のご用意をお願いできますか?」
は、とした二人は椀も箸も盆の上において立ち上がり、ジェシンはユンシクの部屋に飛び込んでいった。そこから素早く藁編みの円座を持ち込む間に、ヨンハは王様に座を移るよう頭を下げた。何しろ王様は入ってきた入り口の傍にドンと座っていたからだ。いくら何でも最もその板場では下の席に当たるだろう。
ヨンダルは身の置き所なく突っ立っていたので、ユニと
ユンシクのいる土間の方へと近寄っていた。ついでにユニがユンシクから奪い返したへらで、銀色に輝く器に柔らかくゆでたトックをよそい、そこに黄粉をたっぷりとまぶしているのを受け取ろうとしたが、ヨンダル様はどうぞお座りになっていてくださいと断られて、結局元の位置に戻るしかなかった。そして突っ立っていたユンシクに漆塗りの光沢のある小さな盆を持たせ、その上に銀の器と銀の箸をそっと並べている。
ユンシクがそろそろとその盆を運んできた。円座の上に座り直した王様は、ユンシクの部屋から出てきていた内官とパク武官を再び部屋に追いやり、厨から続く板敷きの間を見回した。おっかなびっくりひざを折り、盆をそっと置いたユンシクに、これは、と尋ねると、ユンシクは助けを乞うように土間に視線をやった。姉上、と。
ユニはその時すでに土間の端の方に身を引いて、軽く頭を下げて立っていた。しかし王様の問いが聞こえ、そこからユンシクの小さく呼ぶ声があり、そしてヨンダルがそれを助けるように、ユニ殿、と呼んだので少し頭を上げた。
「ユニ殿。王様はこのような食い物をご存じありません。私は大体は説明できますが、ユニ殿の方が的確でしょう。ご説明願えませんか。」
一瞬沈黙が流れたが、ユニは軽く会釈をして頭は下げたまま答えた。
「トックはこの村で取れましたもち米を搗いたものです。本日お泊りのお客様にと村の者に相談されましたので、宿泊先で用意してもらっておりました。しかしこちらで軽食をとっていただく方が良い刻限でしたので、使いの者に頼んで運んできてもらいました。それを少し柔らかく煮まして、大豆を擦った黄粉と黒砂糖を砕いたものを混ぜたものをまぶしております。トックは腹持ちもようございますので、儒生の方々の軽食にはよく使いますし、黄粉は香りが良くそれだけで薄甘いのですが、黒砂糖を少し混ぜることでコクが出て、トックにもよく絡み、一層お腹が満足いたします。」
温かいうちにお召し上がりください、と言われて、王様は箸をとった。そして気が付いて王様よりも土間の方に近寄って座っている儒生たちを見た。彼らの前には大きな盆に椀と箸。王様が来た時には食べかけだったのだろう。
「余が一人で食しても仕方があるまい。パク武官は先に口を動かしておったし、温かな方が旨いのだろう?皆も共に食べてほしい。ヨンダル、そう勧めてくれ、そしてそなたも戴け。」
そして王様は一口、トックを口に入れた。