㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
そんな御大層なものにはなれてねえ。
独り言ちる。最初はユニの担当編集者そして学生時代の先輩として彼女を理解し、守り、共に仕事をする。そこから始まっただけ。さんさんと輝いて彼女を一息に救えればどんなによかったか。けれど人の心などままならない。ユニには必要だったのだ、ジェシンに再会する前に、この広い世間で自分に手を差し伸べてくれる人は家族友人以外にもいることを知り、少しずつ救われる日々があることが。そこには前提としてユニの文才があり、ユニ個人の魅力があったのだ。つまりはユニはちゃんと自分で輝くことができる人間であったという事で、ジェシンが照らす必要などない。俺なんか、と思う。
コンコン、とウィンドウがノックされた。助手席側をハッと見るとユニがにこにこ笑っている。その頭の上には、出かけるときにはなかったニット帽がかわいらしく載っていた。
ロックを外すとドアが開く。開けたのはユンシクだった。後ろからひょこんと顔を出した後輩は、ユニとは色違いのニット帽を被っていた。なんだよお揃いかよ、と笑うと、母が、とユニがはにかんだ。
「母が編んでくれてたんです。ここにもまだ、入ってるの・・・。」
ユニの足元に、ユンシクが紙袋を二つ置いていた。お土産です、と屈託なく笑って、コロ先輩、と呼んでくる。
「今度は一緒に実家にいらしてください。両親がお会いしたいって。」
「・・・まあ、いずれご挨拶には伺うつもりだ・・・。」
「お礼を言いたいって。姉をこんなに元気な姿でいさせてくれて、ありがたいって。」
「俺は・・・別に。」
ほれ、寒いからてめえは帰れ、とユンシクを手で追い払い、ジェシンは車を出した。ユニは後ろを向いてしばらく手を振り、満足そうに助手席に深々とおさまった。視線がジェシンに向くのが分かる。とりあえず、少し顔が赤いだろうが、夜で何より。
「ニット帽、いくつ貰ったんだ?」
「・・・8個・・・。」
そうか。お前が家を出ようとした年から一年に一つずつ増えていったんだな。ジェシンの声に出たのは『そうか』だけだったが、ユニには伝わったようだった。
「話をしなくなった四年生の時のも合わせて・・・。冬になったら、私のとユンシクの帽子を編んでやらなきゃって毛糸を買う癖がまだ抜けないのよ、って・・・。今被ってるのはこの冬の編みたて・・・編みたてなんて言うのかしら・・・。」
「ご両親はお元気そうだったか?」
「お父さんは来年退職なんですって。お母さん、校長先生になったんですって・・・。」
「それは凄いな。」
「お父さん白髪増えてた。お母さん、ちょっと痩せちゃってました。お休み前までも仕事忙しかったはずなのに、一杯・・・いっぱいごちそう作ってくれてたの。」
それからユニが指折り数えたのは、ごちそうという名のキム家の味だった。ジャガイモをたっぷりと摺って作るチヂミ、何の肉に合わせてもおいしい母特製のごまたっぷりのつけダレ、野菜で埋まった小さなチゲ、山菜ともち米があればいつでも作ってくれた祖母伝来のおこわ。
「ユンシクにね、話してくれたでしょ、私の仕事のこと。家にあったわ、絵本が。よく頑張ったんだな、ってお父さんが言ってくれたの。仕事の話はそれだけ。」
ユニは紙袋をごそごそと漁った。信号待ちで覗き込むと、ユニの膝の上にはいろんな色のニット帽が並んでいた。少しずつデザインが違う。毎年ユニのことを考えながら編んでくれていたのだろうと思わせる、温かな母からのお土産。
「先輩がね、背中を押してくれた、って言ったの。ユンシクも先に両親に話をしてたから、私と先輩がお付き合いしていることはすんなり言えたわ。それだけじゃなくって、仕事の面でもものすごく助けてもらってて、私は先輩がいなかったら困るの、って話をしたの。私の手を引いてくれる人なんだって。足元を照らしてくれる人なのよ、って。だから、会いたいって両親が言ってるの・・・。」
ほめ過ぎだ。どんな顔して会えばいいんだ。そんな御大層なもんじゃねえって。