㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
なんだかんだ言っても、ヨンハは忙しい人なので、安東滞在は土曜日の昼前までだ。ソウルに戻れば夜に会食の予定がある。ヨンハの秘書になってしまっているユンシクだが、肩書を三つほど持つヨンハの三人いる秘書の一人なので、今夜は付き添いはなし。仕事があるのは俺だけかっ、という陽気なヨンハの嘆きに笑っていられるのだ。何しろ振り回されている自覚があるので、ちょっとばかりざまあみろ、という感情がないわけでもないし。
せっかく遠出をしたからとはいえ、午前の二、三時間では大したところには行けない。その上ヨンハは朝はゆっくりしたい!と叫んでいた。観光はドライブで十分なのだそうだ。それでも何かお土産を買いたいというユンシクに付き合って、市場をうろつくことにしたのだが、ソンジュンだけ別行動となった。
「ここは儒学の故郷なんですよ。」
朝食を部屋に持って来てもらって食べながら、ソンジュンは嬉しそうに笑っていた。そう言えばお前の政治学は歴史も絡んでたな、というヨンハに、ソンジュンは頷いている。
「ずっと以前・・・中学生ぐらいの時に旅行で来たことはあります。その時も大した旅程じゃなかったので、有名どころだけ回った、っていう感じでした。この周辺は・・・沢山昔の成均館のような学問所、書院があちこちに残っているんですよ。大事にされていたんですね。今日は時間がないのが分かっていますから、近いところに見学に行って、はるか昔に学問に没頭した人たちのいた空気を吸ってきます。」
「今だって本だらけのところで毎日息してるんだろ!?」
「心が洗われて、なお一層本に埋もれることが出来そうだとおもいませんか?」
頭おかしい、というような顔でソンジュンを見るヨンハと、ソンジュンらしいね、とにこにこ笑うユンシクを見ながら、ソンジュンは優雅にコーヒーをすすった。
送迎しますよ、と言ってくれたトックを断って、ソンジュンはタクシーで移動した。トックはどうせソウルまで一人ドライバーだ。替わることはできるが、トックは頷かないだろうし、それに人の車は運転しづらい。それにいくら親しいとはいえ人の家の使用人を自分が使うというのも気が引けた。そこは線引きが必要なところだろう、と思っている。早昼を約束しての別行動だから、そんなにゆっくりと見回れる時間は確保できないので、ソンジュンは市街地からあまり遠くないところを目指していた。
『イ・ソンジュンさんだけ別行動でどこか書院を見学されます。ただ、我々はこちらを昼には出たいので、11時過ぎにはお戻りになるよう約束をされて出られました。行き先をはっきり聞けなかったのですが、往復に時間のかかるところには行けないはずです。ユンシクさんとうちの坊ちゃんはホテルの近所で買い物します。』
そんなメールが入ったのが朝の9時だった。イ・ソンジュンはもう出てるんだろうな、と思いながらジェシンはユニの部屋のドアをノックした。はあい、と声がしてドアが開く。
ユニは昨夜もジェシンの部屋で寝た。
トックと連絡を取り合った後、具体的には何も話さなかった。ユニはユンシクに会いたいとも会いたくないとも言わなかった。どちらの気持ちもあるのだろう。自分もどうしていいかわからないのだろう。まだ癒えていない胸の傷という理由のほかに、少し時間が経ちすぎている、という理由もあるのではないか、とジェシンはユニをベッドに突っ込みながら思った。
今更、どんな風な態度と言葉で再会すればいいのか、それが分からなくなっているのもある、そう思う。PCを片付け、デジカメを充電しながら少しばかり分析し、そしてベッドを盗み見た。今日もここにいていいですか、と心細そうに言ったユニ。返事もせずにかけ布団をめくってポンポンと叩いたら嬉しそうに横たわった。片付けたら電気消すぞ、そう言って一旦ベッドから距離をとったが、何しろ狭いシングルルーム、ユニのゆっくりとした息遣いはずっと背中越しに聞こえている。
デスクの照明を消し、フットライトをつけ、部屋全体の照明を消した。その勢いでユニの隣に潜り込む。狭いからな、と言いながらユニの体を手繰り寄せ、しっかり抱きしめた。
好きな女と二人きり布団の中。だが、今は、しっかりと抱きしめてやることが正解だろうと、ジェシンは確信していた。