㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
トックと通話を終えたジェシンを、ユニは不安そうに見つめていた。時間は既に11時。ホテルに戻った後、ジェシンのジャケットの裾を引いて、今日も写真を整理しますか、と聴いてきたユニに頷いた。そこからは黙ってお互いの部屋に入り、ジェシンは手早くシャワーを使ってあとは寝るばかりに自分の支度をしてしまい、同じように支度を済ませたユニを部屋に迎え入れた。その時点でトックにはメールを送っていたのだ。
ユニとベッドの上で画像を見てしゃべりながら、スマホは気にしていた。不自然なぐらいヨンハ達にあったことの話はしなかった。お互いに。陶山書院の佇まいを二人で思い出しながら、ユニはジェシンの実家、ムン家の来歴を聞きたがった。ジェシンが知っていることなど少ない。今までに三回ほどあった、誰かの何回忌という大きな法事の時に親戚が集まると、そういう由緒についての話を聞かされて育っただけだ。そこにどれだけの真実があるかは全くわからない。という忠告を入れてから、有名な王のそばに仕えたという先祖の名が残っているやら、元祖は李氏朝鮮が始まった時にはすでに臣下の中に名を連ねていたやら、所属していた派閥が西人で小論で大勢力だったやら、親戚の内にはやはり歴史好きがいて、得意げに話をしていた、という事を思い出しながら口にすると、ユニは目を輝かせていた。
「うろ覚えだ。悪い。」
「いいえ!身近にそんな来歴がある人がいるなんて思わなかったから面白いし、ぐっと実感が湧きますね。」
「そんなものか・・・?」
ジェシンは胡坐をかいてノートPCを操作し、ユニはぺたりと尻までつけて画面を覗き込んでいた。そんな時にスマホが鳴った。着信に気づくようにマナーモードを解除しておいたのだ。
「バカヨンハの付き人からのメールだ・・・ちょっと電話する。」
そうしてトックと打ち合わせをしたジェシンを、ユニは落ち着きのない視線をさまよわせながら待っていた。
「・・・気づかれたかしら・・・。」
ユニだという事を。ジェシンはそれに首を振った。
「『ユニイ』だという事は勘づかれるかもしれないがな。キム・ユニだと誰かが気づいてそんな話になったらトックだってそういう。だいぶこっちに悪いと思っているみたいだから、そこらへんは俺に隠してないだろ。」
「でもヨンハ先輩のお付きの方なんですよね・・・。」
暗にヨンハの味方だろうというユニに、ジェシンは明るく笑った。
「トックって男は、確かにヨンハ側だが、ヨンハのやりすぎに唯一面と向かって注意して叱るのもこいつだ。常識のある人だから、今回に関しては、特に俺の仕事のことに首を突っ込んだみたいになったことを気に病んでた風だったな、さっきの電話じゃ。」
そう言ってからジェシンはユニにまっすぐ向き合った。
「今回は俺のミスだ。あいつから飲みの誘いがあった時・・・それこそ今日の日付を提示されたときに、仕事でこっちに出張するって言っちまったんだ・・・。あいつからすりゃ、こっちで俺にばったり会ったらおもしれえ、ぐらいの気持ちだったんだろう。だが、君にとってはヨンハどころか・・・。」
うつ向くユニに、ジェシンは再びごめん、と言った。
「先輩は悪くないわ。あの店に食べに行くのなんか誰も知らなかっただろうし、私たちだってこっちに来てから決めたんだし・・・時間だって偶然だわ・・・。」
ジェシンはそっとユニを抱きしめた。ホテル備え付けのシャンプーの香りがするユニ。自分と同じ香りにジェシンは体がムズムズした。こんな真剣な話をしているというのに、と理性はちゃんと分かっているのに。
「美味かったな・・・肉。」
「美味しかったです・・・お肉。」
そう言って二人で笑った。ユニがちょっと無理をしているのが分かる。けれどあの驚愕の時間をリピートしたくはなかった。怖かったろう、と思う。心の準備がない時の衝撃の強さは人にはわからない。こうやって寄り添ってあげるしかないのだ。
偶然を利用して今日、ユンシクと再会させてやればよかったのかもしれない。だがジェシンには、まだちゃんとユニの心がそれに対する準備が整っていないような気がしていた。しがみついた腕の力、震えていた肩。ユニの胸の傷は、まだ生々しい。