㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニは叔父と共に、昼餉の弁当の差し入れをユンシクたちに渡した後、会場を後にしていた。あのひ弱な子が、と感激するほど逞しい弓を引く姿を見られただけで満足だったのに、弟の組は勝ち進んでいた。他の儒生に比べれば、年が若いこともあり、細っこい体つきではあったが、表情がしっかりしていて、茶店に顔を店に来る時とはだいぶ違うことに気付き、感慨にふけってしまうほどだった。
勝ち進んだら午後にも試合がある、とユンシクは言っていたが、店のこともあるし、叔父が、やはり本来は女人禁制の成均館に行くのだから一人ではダメだとついてきてくれたので、午前中しか観覧できないとは伝えてあった。勝っているのは同室の二人の若様のおかげということもユニは十分わかっていたし、ユンシクがりりしく戦っている姿を見るだけで満足だった。
いい気分で叔父と並んで歩き、成均館の正門がまもなく、という時、植え込みに浮き沈みして見える儒生の網巾を巻いた姿が見えた。ちょうど頭を上げたところだったのだ。休息時間でもあったし、物陰で休憩でもしているのかと気にせず行こうと思ったが、こそこそとしゃべる声を拾って、つい歩みを遅くしてしまった。それは叔父も同じだった。
もっと・・・もっととがっている・・・薄くてとがっている奴だ・・・それよりこの木の枝のところを割いて・・・弦に・・・ねじ込めるぐらいの・・・あいつの指は・・・薄くなっているから・・・生意気にも・・・真面目ぶって練習しすぎで・・・破れやすい・・・血で滑れば・・・矢は外れる・・・
ひょこん、ひょこん、と飛び出す頭は二つ。一つは妙に頭がとがっていて髷を縛る紐が明るい紫色の洒落たものだった。もう一人は頭どころか顔まで飛び出て、平べったいぺちゃんこの鼻の形と頬が盛り上がるほどのぽっちゃりした顔の持ち主だった。
顔を見合わせた叔父と首をひねり、ユニは訳が分からないまま再び歩みを進めた。
「お前だけ残してやりたいが、それはどうも不安でね。悪いが儂に合わせてもらうしかなかったんだよ。」
門をくぐると、叔父は惜しそうに成均館を振り返り、ユニに謝ってきた。ユニはふふふ、と笑い、
「これだけの時間、ユンシクのこちらでの生活を垣間見れたんですよ、叔父様。皆様と本当に仲良くしていて、満足です。」
と答えた。本心だった。叔父も頷いて頬をかいた。
「ユニ、お前にユンシクの友人の若様方のような人を娶せてやりたいが・・・儂は今ほとんど平民と同じ暮らしをしているのでね・・・。」
「叔父様。私はどこにもお嫁に行かなくていいの。ユンシクが独り立ちできたら、叔父様と叔母様のお手伝いを続けさせてくださいな。懸命に働きますから。」
「それは義姉上に儂が叱られる。ただでもお前と共にいる時間を取り上げてしまっているのだから・・・。ユンシクもこちらで寄宿しているし、そろそろ呼び寄せて差し上げたいと思っているのだよ。」
「叔父様・・・ありがたいお言葉ですけれど、ユンシクが呼び寄せて初めて母はこちらに来れると思いますの・・・それぐらいの覚悟をしてユンシクに学問をさせねばならないと私は思いますし、母もユンシクに呼び寄せられるのを待っていると思いますわ。」
「そうか、そうだろうか・・・一度お前も義姉上のところへ戻って話をした方が良いだろうね。儂も一緒に行こう。」
「ええ。ユンシクもこの大会を通して一段と体がたくましくなりましたし、母に見せてあげたいわ・・・弦をね、ぐんと引き絞った時の立ち姿を見たら、私涙が・・・。」
そう言いかけて、ユニは足を止めた。叔父がいぶかしそうに数歩先から振り返ると、ユニは元来た道を振り返っている。
ユニや、そう小声で呼ぶと、叔父をふり見たユニの顔は蒼白だった。
「さっきの・・・さっき、木の陰で何かしていた人たち・・・弦って言ってた。弦にねじ込めるって・・・。誰の弦に?何を?私は何か大事なことを見逃してしまったようです・・・ユンシクに、ユンシクに言わないと・・・。」
ユニは身を翻し戻っていった。叔父は一瞬戸惑い、けれどユニの言ったことと自分も見聞きした門近くでの風景を思い出し、ユニの懸念に思い当たり、慌ててユニの背を追った。