㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「テムルよ!お前すごいじゃないか!」
肩を叩くヨンハに、ユンシクは少し弾む息を整えながら頷いた。調子がいい。ふらつかずに立つ自分の脚が信じられないぐらい安定しているのが分かる。慌てていない、怖がっていない。そんな自分がうれしい。
決勝の前、少し準備と休息の時間が取られた。新しい的に替え、背後の土盛りをきれいに均す時間を多くとり、決勝に残ってその日最も弓を引き続けている選手たちを休ませるためだった。ユンシクたちも弓を置き場に丁寧に立てかけて、幔幕で水を飲んでのどを潤し、汗を拭った。
その勢いのまま決勝に臨み、ユンシクの調子は上がる一方だった。ジェシンとカン・ムの勝負が常に10点満点同士で差がつかないのに対し、ソンジュンと下斎生の勝負で一点、二点と差が開いていく。本来はここで最後の順のハ・インスがユンシクに圧倒的差をつけて勝つつもりの勝負だったに違いなのだが、ユンシクは負けておらず、同等、もしくは常に一点ほど上の点数をたたき出しているので、中二坊組が優勢だった。
それでも、安定しているユンシクが、何かの拍子にちょっとでも同様したり体力をなくして姿勢を崩したりして、的自体を外してしまったら零点だ。10点以上の差はやはりつかないまま勝負は進行していた。
あと二回ずつ射る、という時になって、ヨンハの袖が引かれた。振り向くとそこには男装のままのユニが息せき切った状態でいた。皆勝負の行方に夢中だ。少し振り向きはしたが、興味を失ってまた勝負の場に目をやってしまう。ヨンハは、やはりユニお姉様も、と今の状態を教えてやろうとしたが、あまりのユニの顔いろの悪さに驚き、ようやく追いついたらしい叔父を背後に見つけて、そっと幔幕から滑り出た。
「・・・西斎の奴らですね・・・見えますか、一人はあいつじゃないですか?」
弓を引き絞る横顔を、背伸びしながら懸命に見定めたユニ。射終わった後、こちらに少しだけ向いた顔に、ユニは頷いた。叔父も、あの頭の形だ、と頷いている。
「そうです。髷を縛る紐が黒じゃなくて珍しいと思ってみてました。それからもう一人は・・・。」
顔の特徴、平べったい鼻、ふくよかな赤らんだ頬、などと言うと、ヨンハは目をさまよわせ、西斎の選手控えの幔幕を指さした。そこには、機嫌の悪そうなハ・インスに何事か懸命に訴えている儒生が傍についていた。
「あの人です・・・そう、あの鼻の形・・・。」
全体的に太り気味のその儒生を見て頷くユニに、ヨンハは顔をゆがめた。
尖っているものを探していた、弦、そんな言葉と西斎の下斎生を繋げたら、行きつく先は一つだ。勝負の妨害。それも使う道具、弓に細工をするという卑怯な形で。ハ・インスが命じたのか、それとも自発的か。具体的にはどうしろとインスは言ってはいないだろう。だが、何かしろ、とは示唆したに違いない。そうして下斎生たちは、足らない頭で妨害策を実行したのだ。
「狙うならうまい奴が引けなくするのが一番いい。だが・・・カランに手出しはできない、一族が迷惑を被る、何しろカランは老論では力があるから・・・コロは・・・自分たちが後々怖いだろう・・・発覚すればタコ殴りだ・・・なら残るはユンシク君だけだ・・・。」
歓声が沸いた。下斎生とソンジュンは9点ずつだったのだ。ジェシンとカン・ムは引くのも速い。そして相変わらずの満点同士。そしてハ・インスが立った。優雅な動きで弓を引き絞る。当たったのは8点。本人は無表情で射台を降りた。次に立ったのはユンシク。体いっぱいに引き絞る弓。当たったのは同じく8点。両組の差は6点で最終の勝負へと続いた。
だが、ヨンハは見た。ユンシクが射台から降りるとき、弦を引き絞る右手(めて)を不可思議そうに見たことを。ヨンハは一瞬悩んだ。だが、残りは後一回。ユンシクはここまで、懸命に練習に耐え、勝ち進んできたのだ。一度目をつぶると、ユニと叔父に振り向き、小声でこう告げた。
「多分ユンシク君の弦に細工がしてあるでしょう。ですがユンシク君はあの弓しか引けない。引きの強さ重さは弓によって異なります。今ユンシク君は弓を変えられない。おそらくちょうどいい長さの弦にもすぐに変えられないはずです。後一射です。ユンシク君の強運を信じましょう。」
ユニの顔がゆがむのをヨンハはまた目をつぶって耐え、叔父はユニの肩をそっと撫でた。