㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニは茶店で働いている以上、別に隠れ住んでいるわけではない。怖れていたハ・インスの父親の方にも、息子から一釘さしてもらっている。報告なんぞしてくるようなハ・インスではないが、事態を重く見たのは十分こちらにも伝わってきていたから、父親を説得はしたはずだった。だからこそ逆にイ家とのつながりに縁戚関係を持ち込もうと、礼状との縁談を急いでいたと言える。とにかく、ユニが来ることには何の違和感もない。当然他の儒生の家族、両親や兄弟姉妹は招待できるし、普段女人は厨房の雇い人しか入れない成均館の敷地に、その日は一般の女人だって入れるのだ。勿論将来の太客になりそうな有望な儒生を探しに、妓生たちだってやってくる。すでに客として関わり合っている、例えばヨンハのような儒生たちが声をかけて誘ってもいるのだ。大会の花でもあるから。
だから目立たないだろうとは思っていた。密かに張り切ったジェシンとソンジュン。出もしないけれど張り切っているヨンハをよそに、ユンシクはとても緊張していたが、あざ笑いを浮かべたインスの顔を見て、緊張が闘志に替わったのが周囲にはわかった。
大会が宣言され、選手控えの幔幕に歩んでいく儒生に周囲から声がかかる。妓生たちからも黄色い声が上がった。ため息が漏れたのが、中二坊組とヨンハが通り過ぎた後だ。
あの方がイ家の若様でしょう、噂通りお美しい偉丈夫でいらっしゃるわ、丈高い方はどなた?ムン家の若様?ああヨリム様がいつもご自慢のご友人!どうしてご招待してくださらないのかしら素敵だわ逞しくて男らしくて、ヨリム様はいつもご様子が良くていらっしゃるけれどお外の若様らしいお姿もかわいらしいわ、楽しそうね、ねえねえあの皆様とご一緒のきれいな若様は?ええ、あら・・・本当におきれい・・・お名前をお聞きしたいわ、かわいらしいわ・・・。
そんな声を聴きながら、仲間と一緒に観覧していた妓生のチョソンは嫣然とほほ笑んでいた。キム・ユンシク様よ、私はまだ成均館にもお入りになっていないころから、あの方が美しくてかわいらしい、賢い若様だと知っていたわ。お姉様も本当に凛として素晴らしいお方なのよ。と悦に入りながら。
けれどチョソンも気づいていなかった。近くにある親族等が観覧する席の後ろの方に、二人の両班が立っていた。そして通り過ぎていく四人を静かに見ていたのだ。
「ユニ様はまだお越しじゃないみたいだね。」
そうソンジュンが歩きながら囁くと、ジェシンもぐるりと見渡して、そうだな、と頷いている。けれど幔幕についたユンシクはにっこり笑った。
「来てたよ。僕頑張らなきゃ。」
手射礼は勝ち抜き戦だ。中二坊は一回戦、二回戦と順調に勝ち抜いた。ユンシクは最初こそ得点が伸び悩んだが、徐々に図星に近い高得点に焦点が合うようになってきた。準々決勝に当たる立では、すべて7点以上に中て、ジェシンやソンジュンに頼らなくてもいい点数を稼ぎ出した。
ジェシンとソンジュンはさすがの戦いぶりで、図星・・・10点か9点ばかりに矢を射こみ続けている。彼らが矢を放ち、的に当たるたびに大歓声が上がり始めていた。
準決勝の前に休息が宣言された。観覧席からわらわらと人が移動する。親族や、人によっては婚約者などから差し入れがあるのだ。その中には、ハ・インスの妹ヒョウンもいた。付き従う下女の腕には、きれいな布に包まれた重箱が抱えられていた。当然それは、ソンジュンに上げるものだったろう。この大会を兄から知らされてから、ヒョウンは厨の者を叱咤して、豪華な弁当を作らせた。御馳走を差し上げなければソンジュン様に恥をかかせるから、と何度か作られた詩作の料理に文句をつけて。おいしく、華やかに。その自慢の弁当が、ヒョウンの勝負の武器だった。
「行きましょ。ソンジュン様、素晴らしい戦いぶりでお腹がおすきだわ、絶対に。」
背筋をぴんと伸ばして、今日のために新調したチマを少したくし上げて幔幕から飛び出したヒョウンだったが、ソンジュンの姿を見て、足を止めてしまった。
ソンジュンたちは、四人ですでに食事をとり始めていた。彼らの前には重箱がおかれ、それはおこわの握り飯と柔らかく蒸した鶏肉を茹でた青菜でくるんだ、手づかみで食べられるおかずのみの、けれどおいしそうな弁当だった。