㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「イ・ソンジュン君、君、先日妓生のチョソンを見ただろう?」
話しかけてきたのは、ハ・インスという二つ年上の少年だった。父親は近年目覚ましく出世した人で、本人も壮元を取るほどではないにしても成績は上位で、人をなんとなく従わせる目力の強い少年だ。インスの父はソンジュンの父との関わりを非常に大事にしているらしく、インスもソンジュンに対しては君付けで呼ぶ。取り巻きのような他の少年たちに対しては、かなり偉そうな態度をとる人だとソンジュンは認識していた。
首を傾げたソンジュンに、いらだったようにインスはつづけた。
「正確には、市で君は誰か友人と会っていたと聞いた、その妓生から。その君の友人らしき人のことをチョソンに尋ねられたのだ。」
「ああ。あの人はチョソン殿とおっしゃるのですか。しかしなぜ俺があの場にいたと知っているのでしょうか。」
ソンジュンは心底不思議そうに尋ね返すと、インスはますますいらだっているように見えた。
「君は案外知られているんだ。自覚がないのか?自分のお父上の存在を考えてみればいい。」
「父がどうであれ、俺はただの儒生ですし、名を触れ回ったこともないですし、ましてや妓生に知り合いもいませんよ。」
「君がどんな儒生かなんて、君が触れ回らなくてでも噂は勝手に流れるのだよ。妓楼は大人の集まるところだ。自分たちの後継の話をするときに君の名も挙がる。若い妓生たちに、君のような将来有望な若者に目をかけてもらえと言う話になるわけだ。」
「それは本当に勝手な話ですね。けれどどうして会ったこともない人が俺だと分かるんですか。」
「君は外見が目立つことを知らないのか?身分もいい、頭もいい、それに容姿もいい、と指を差されていることを?」
「知りませんよ。」
市を歩いているときに、あれが左議政の坊ちゃまだ、といつの間にか知られていたらしい。特に妓生たちは噂に敏感で、興味津々にしているから、ソンジュンは案外顔も知られているという事だった。
「けれどハ・インス先輩。あなたはどうしてチョソン殿とお話をするような間柄なのですか?」
ふふん、とインスは今度は得意そうに笑んだ。
「父上に連れられて、酒の場に同席させていただくことがある。その時に、新人妓生としてチョソンが何度か席に侍ったのだ。大層歌の上手い、芸達者な娘だ。その時に、学問仲間には、君もいる、という話をした事がある。頭の良い娘だ、覚えていたのだな。」
ただ、とインスは笑んだ表情を引き締めた。
「チョソンが訪ねたのは、君の友人のことだ。先日落とした手巾を拾ってくれたから礼をしたいと申す。その場で言ったのならそれでよいだろうと言うと、笑いおったのだ・・・。」
『大層粋なお方でした、私よりお若いでしょうにうれしい言葉を下さいましたし、それに、とてもとても美しい殿方ですのよ。妓生の私が申します会いたい、はその殿方を気に入って客にしたい、贔屓になってもらいたいという強い気持ちがあるということでございます。』
悔し気な表情を隠しもせずに、インスはチョソンの言葉を吐き捨てた。ならば知らぬ存ぜぬと突き放せばいいのに、とソンジュンなどは思うのだが、頼まれて頷いてしまったのだろう、こんな風に。
『そのお方は、私に手巾を渡されたあと、近くでイ・ソンジュン様と合流されて、楽し気にお話をしながら去って行かれました。ええ、イ・ソンジュン様は市で二、三度お見掛けしておりますの、エンエンとサムサムがお見掛けするたびに、お誘いしたい、お誘いしたいというものですからお顔は存じておりましたのよ。大層親し気にされていましたからご友人だと思うのですが、同じ学堂にお通いのお方ではないのかしら・・・。インス様はイ・ソンジュン様とご学友でございますでしょう?素晴らしいわ、頭の良い方同士のご関係なんて、なんて高尚なんでしょう・・・。もしお時間がおありでしたら、イ・ソンジュン様のご友人のことをお尋ねいただけませんかしら。インス様はよく私に会いに来てくださいますもの・・・。』
チョソンのお願いの内容に関しては、後にヨンハが聴いていたように再現して見せたものだが、おそらくそんな感じだったのだろう、と苦々しくもソンジュンにユンシクのことを尋ねてきた様子を思い出した者だった。
結論としては、インスには教えなかったのではあるが。チョソンにあの短い手巾の手渡しの間に何を言ったのかは、次に会った時に問い詰めることにはなった。