㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
胸の高鳴りは困ったことに解決することはなく、茶店に行かない限りは気になるほどの症状もないため、ソンジュンはとりあえず静観することにした。その日、ユンシクと会うために急いで待ち合わせ場所に向かったソンジュンは、はたと道端で歩みを止めた。ユンシクがいたのだ。
ユンシクは一人の華やかな娘と対峙していた。顔を隠すこともなく、逆にその美しさを振りまくようにしている娘は、明らかに妓生だった。髪も若さのわりにはしっかりと結い、花飾りもそのあしらいは大きく、きらめくものも多用された派手やかなもので、その美貌によく似合っていた。緑のチョゴリに襟元から見える内衿は深い赤。その赤と同じ色のチマは豪華に膨らんでいた。まるでユンシクとは別世界のそんな娘と何が、とソンジュンは目を見開いてその場面を見つめた。
ユンシクが何かを妓生に手渡していた。少し腰をかがめて礼を言ったらしい妓生に、ユンシクがにっこりと返答して背を向けた。その行き先はいつもの待ち合わせの場所だ。ああ、何か拾ってあげたのだな、と、胸をなでおろしたソンジュンだったが、自分も待ち合わせ場所に再び向かおうとしてふと見た妓生の様子にぎょっとした。
うっとりとユンシクの去り行く後ろ姿を眺めているのだ。その妓生の周囲には仲間なのか妹分なのか、似たような年頃の妓生が二人一緒にいて、その上その派手やかさに何人もが遠巻きに眺めているほど目立っていたが、その視線の先に誰がいるかを察しているものは誰もいないと思えるほど、彼女は目立っていた。なのに彼女は自分を取り巻く人たちには目もくれず、目立ちもしない、細っこい、見るからに貧しそうな両班の少年の後ろ姿だけを見つめていた。その手には手渡されたのだろう手巾が握りしめられているのを確認して、ソンジュンは急いでユンシクを追った。
「ねえ・・・あの娘ごと知り合いだったのかい?」
挨拶をして二人でゆっくりと歩みながら、お互いの勉強のはかどり具合を言い合い、次のユニとの面会の日は、叔父の家に世話になったらいいとの伝言を伝えてひと段落ついた後で、ソンジュンは逡巡した挙句に聞いた。
「ん?」
声はなかったが、まさにそう言ったのだろうという表情でユンシクはソンジュンを見上げた。目線はどうしてもソンジュンの方がかなり高い。
「さっき・・・ちょうど近くに来た時に君がえっと・・・妓楼の娘ごと何か話をしている様子なのを見たんだよ、たまたま、たまたまちょうどその時に俺も着いて・・・。」
ソンジュンはかなりの早口でまくし立てた。その件幕に驚いたように目を見張ったユンシクは、きょろりと瞳を動かすと、ようやく思い当たったかのように、ああ、と声を上げた。
「さっき・・・ああ、手巾を落とされたお嬢さんだね!気づいておられなかったから声をかけて手元にお戻ししただけだよ。」
「知っている人・・・ではないのかい?」
「僕は都に知り合いなんて、ほとんどいないの、君だって知ってるじゃないか。」
それもそうだね、とソンジュンはどこかほっとした気分で頷いた。
「都の女人はお美しいね。先ほどの娘さんだって、大層きれいなお方だったよ。」
「そう・・・かな。まあ、あの娘さんは妓楼にいる人だろうから、美しく着飾る必要もあるしね・・・。」
「あ、さっきも妓楼の娘さんって君言ってたね。ということは、妓生・・・という事なのかな・・・。」
「うん。そうだと思う。俺は妓楼などは上がったことがないけれど、あのような風体をしているのはよく見るからね。」
「そうなんだ。結構外歩きが出来るものなんだね。」
唯すれ違っただけの人だとでもいうかのようなユンシクに気抜けして、ソンジュンはようやく落ち着いた。ソンジュンだって、いくら美しい妓生だったとは分かっていても、それが誰だか知っているわけでもないし、興味もなかった。若いのに妓楼に出入りしているヨンハなら知っているのかも、とも思ったが、近くであの娘をしげしげと見たわけでもないので、詳しく容貌などを描写できる自信もなく、ユンシク本人が気にしていないようなのでその場でその話は終わった。
ソンジュンがその妓生について知ったのは、二日後の学堂でのことだった。