「テネット」というイデオロギー ―クリストファー・ノーラン監督『テネット』を妄想力で読み解く― | 天野という窓

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渋谷で働くサラリーマンのもう一つの顔、小説家:天野の日常を綴るブログです

今回は「ノーラン監督作品を妄想力で読み解く!」シリーズ、各論編の第1回として、

2020年公開の『TENET テネット』について書き留めていこうと思います。

 

実はこの映画、かなり直接的に『オッペンハイマー』の制作動機になっていると思います。

それは『オッペンハイマー』の前作だからとか、作中でロバート・オッペンハイマーの言葉を引用しているとかそういうことではありません。

 

この映画の構造、つまり「ノーラン監督は、この映画で一体何をしたかったのか?」を(妄想力で)突き詰めていくと、

二作の関係性が非常にハッキリ見えてくる。そういうことを、今回は書きたいと思っています。

 

さて、かく言う私、

この映画を観ながらずっとモヤモヤしていました。

 

・何で、今さらスパイなんていう使い古された題材を扱ったのか?

・何で、敵国がロシアなのか?

 →公開当時はウクライナ戦争が起こる前なので、スパイものをやるとすると、中東とかそっち系になるのが筋では?という

・何で、時間を逆行させたのか?

・そもそも、何でタイトルが「テネット」なのか?

etc...

 

時間を逆行させたのは、その特異状況下で起こりうる事象やストーリー、戦術、人物の行動などを

映画という「時空間」で視覚的に表現してみたかった、というノーラン作品のあるあるな動機であることは間違いないでしょう。

 

でも、それだけなのか?

というか、時間の逆行以外、納得いく説明がついていないじゃないか!

 

そんな感じで、モヤモヤと映画が終わりかけたその時。

ラストの、本当に最後のセリフで全てに合点がいきました。

 

あ、そういうことか!!

便秘症で3日間ため込んだものがスルっと出た。そんな爽快感を味わいましたよ。本当に。

 

そのセリフというのは、エンドロール手前の本当に最後の言葉。

「爆発はしなかった。だが危機はすぐそこにあった。世界を変える威力の爆弾が」

 

…ここだけ切り取るともはや明白すぎますが、、

これはつまり、原爆のことですよね。

更に言うと、相互確証破壊に基づく、米ソの冷戦構造のこと。

 

未来から送られた、時間を逆行させひいては世界を破壊する装置というのは、そのまま原爆のメタファーであり、

この映画は冷戦構造下のスパイ、つまり核戦争で世界を終わらせないために暗躍した人たちを描いている。

スパイものであるのは当然なんです。そうする必然性があった。というかスパイを描きたかったんですから(たぶん)。

 

時間の逆行というのも、それで合点がいきます。

米ソの冷戦構造はソ連の崩壊によって、91年にひとまずは終わっている訳ですから。

「今」を起点に冷戦を描くには、時間を巻き戻す必要があった。そういうことですね。

 

そして、時代設定を冷戦時にする、言うなれば「遡る」ことをせずに、

あえて「現代から巻き戻す」という方法論を取ったことで、この映画はスパイものとして独自の視点を獲得していると思います。

 

なぜなら、スパイものというのは基本的に、

善悪の二極構造(=米ソ)を前提にした、ある種の勧善懲悪的なストーリーで展開するというイデオロギッシュな面を持っているものが多いです。007シリーズなんかはその典型ですが。

それは、スパイものというのが冷戦時代に作られた、あるいは冷戦という構造をベースとして成立しているからであり、ある種不可避的な側面もあります。

 

ところが『テネット』は、現代という「非冷戦時代」から物語を始めることで、そういった勧善懲悪性とは無縁のところで「世界のために戦うスパイ」、つまりアメリカが良いとかソ連が敵とかそういう話ではなく、政治的誤謬から世界の破滅を防ぐために奉仕したんだというヒロイックな視点。そういうものを獲得しているように思うんですよね。

 

映画のタイトルが『テネット』である理由。これも明白ですね。
tenetとは日本語で教義、つまりイデオロギー。

 

イデオロギーによって滅びかける世界。

それを防ぐために暗躍するスパイの物語。

これが『テネット』である。

 

そして、「原爆」と「冷戦」の二つを暗に描くことで、

この映画は『オッペンハイマー』へと繋がっていく。

 

…こう書くと非常に分かりやすい映画なんですが、最後の最後まで分からなかった。。

(というか、ストーリーを追うのが大変で中盤ではなかなか気づけなかったですね)

 

2時間半モヤモヤするのはなかなか苦痛でしたよ。

その分、最後は気分爽快でしたが。