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高をくくる

 

講座のテーマは

「非手指動作を使ったYes-No疑問とWh疑問」

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OPトーク

善岡さん「今度の休み、暇?」

ホサナさん「私は今度友達とピクニックにいくんです」

善岡さん(えっ……予定あったのね……)

ホサナさん「あっ……一緒に行きますか?」

善岡さん「いいの!行く行く!! 他、誰かくる?」

ホサナさん「来ますよ、友達が2人、可愛いんです」

善岡さん「ホント!? 嬉しいなぁ」

ホサナさん「(……落ち着いて)」

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「みんなの手話」はOPトークに

講座のテーマを盛り込んだ表現が詰められている。

これは本当に見習いたいもので、

自分がサークルを運営している時には模倣したりした。

 

非手指動作

善岡さんが3パターンの表情で文章の意味を表し分けた。

そして、非手指動作の説明。

 

「非手指動作」……手の動き以外の表現

眉の位置・目の開き方・口型などの顔の表情

頭の動き・あごの位置・視線・体の姿勢ほか

 

ホサナさんはこれを「手の動き以外の表現」と言い換える。

 

自分でも意識しているつもりなのだが、

やはりろう者のように表現することは……出来てない気がする。

 

スキット中に「3人のうち、2人は誰?」という表現があったが、

僕はあんな風に2本の指だけ器用に動いたりはしない。

残念。

 

単語紹介

「ビール」「水」「ジュース」

「ビール」の表現はジョッキを

持ち上げるものも見たことがある。

「水」……はどうなのだろう。

首元で表現するものもあるが、最近区別が出来なくなってきた。

初めて教えられた時は首元で表すのが「飲水」だったのだが……

 

手話おもしろゼミナール

テーマは「ミニマル・ペア」

細かい話だが三宅さんは

口では「聞く」と言っていても、手話は「見る」で表現している。

なんだかその辺り僕としては自然でいい感じがした。

 

「ミニマル・ペア」は手話の文法用語ではなく、

どうやら日本語の文法用語らしい。

「がっこう」「カッコウ」のように濁点など、一部が変わるだけ

意味が変わってしまう単語の組み合わせをミニマル・ペアというようだ。

 

手話で言うと

「手の形・位置・動きのうちどれか1つだけが違う

  2つの語のペア」

 

「嘘」「松」

   「変」

 

なるほど。

面白いといえば面白いが、実用的ではなかった。

どちらかと言うと言語学的な話になってくるのだろうか。

 

次回の記事がいつになるか、自分でも楽しみである。

 

「みんなの手話」タグを作った。

「みんなの手話」は日曜日午後730-755分に

放送している手話講座番組である。

 

何故このタグを作ったかというと、

僕が1回生の時に見た頃とは随分変わっていることに

気付いたからだ。

 

なんだか、コメディチックでもあるし、

内容も文法的で、健聴者には珍しい、

ためになるものに変わっていた。

 

最近改めて勉強している僕にとっては

こういった記事を書くのがより効果的なのだ。

なお、録画したものを見るため、最初は飛び飛びになる。




4回生になってから
孤独を噛み締めつつあった。

現状就職活動くらいしか
声を発する機会がなく、
正直何かがすり減っている気がしてた。

そんな自分でも
時折かかる長電話に安心する。

ありがたい。

なんだか、突然したくなった。
ふって湧いたアイデア。

今年の合宿は
「家から歩いていこう」

別に僕は陸上部でもなければ、
体育会系でもない。

アホなこと、無駄なことを
出来る期間はもうないんじゃないか。

そう考えた時、
僕はこれがしたくなった。

いつか、「ゴールのある散歩は好き」だと書いた覚えがある。
これは理屈なく、沸き上がってきた自分の特性だと思う。

合宿場というゴール。
帰りは交通機関が用意されているという安心感。

僕は偉業達成者でもなければ、
主人公でもないのだから、
もしかしたら苦しむだけかもしれない。

しかし、やって後悔しないのが、
1番の正解だと僕は知っている。

距離的には60km。
絶妙だ。
やってみよう、あとは許可をもらうだけ。

思えば更新しなくなってから1ヶ月経ってしまっていた。

日記などを残す余裕もないほどに

なんだか色々擦り切れてしまっていた。

 

予定があった日くらいは

せめて残していても良かったかもしれないのだが。

自転車が使い物にならなくなったり

パソコンが壊れたり

免許証を更新したりしたが

基本的に何か劇的なことが起こるようなことはなかった。

 

ところで、

大阪国語教育アセンブリー

というものが開催されるのが今日である。

以前サークルのLINEグループで

卒業生からのボランティア要請がかかっていた。

なんだか、やたらと募集のハードルが高く、

報酬について何の記述もない。

「これ誰が出来るんだよ」と突っ込んだものだったが、

果たして誰か行ったのかは気になるところだった

 

本当は協力したいのに、

 

今の自分の状況がそれを許してくれなかった。

 

 

 

最近、自分の力無さにただただ呆れている。

呆れて荒れている。

暑い。

 

最後の夏休みに僕は突入していた。

これが最後なのだ。

なにか、なにか、起こってはくれまいか。


人生ゲーム  6/30

人生は難しいという。
高校受験は定員割れで驚くほど簡単に済み、大学受験は始めての困難にぶつかりながらも、最終的には合格した。

3年おきほどにやってくる困難は、
今こうして目の前に未だ立ち塞がっている。

果たして人生とは。

そんなことを考えながらも、
僕は人生ゲーム盤を大学に運んでいた。
雨にも打たれたが、負けなかった。

部室に居た3人を巻き込み
協力してもらう。

1-10あるはずの数字盤で何故か1を連発し、全く進めなかった。

他の3人があがっているにも関わらず、2回「12マス戻る」のマスに止まり、「1回休み」に4回止まった。

運が悪いで片付けて良いのか不安になるレベルである。

人生は良いこともあれば、
悪いこともあるはずだ、と思う。

長年使われていなくて、埃を被っていた人生ゲームだったが、今日持ってきてよかった

なんだかんだで大事なものを
捨てられないまま半年が経過した。

目の痛みが酷くなってきていた。時折電子機器を見ていると、目の痛みがひどく、悪酔いしたようになってくるときがある。

頭が重くなるような感覚があった。

半年の終わり。
今から猛暑を迎えようという時だった。

活動に参加する意義とは?

後輩を人生ゲームに誘ってみた。
誘えば案外簡単に成立する。
僕は積極性を取り戻したくなった。



間もなく7月を迎える。
大学生活も最早1年も残っておらず、
日々を充実して過ごすための方法を
見つける必要がある。

この日何故か僕は「Air まごころをきみに」を見ていた。
噂だけ知っていてなんだかサイケだとか、よくわからないとか、そんな言葉だけが脳ミソのなかで宙吊りになっていた。

そして、視聴することにした。

正直作品事態の知識はあまりなかった。
流れを読むことができる程度。

それでも情けないこの主人公に共感した。
正しくは自分が捉えた主人公の像に共感した。
それは共感なんだろうか。

最後まで結局何もしないところも、
下らないことに固執しているところも、
依存できる相手なら
誰でもいいようなふしがあるところも、
自己完結型なところもよく似ている。
   
しかし、どちらかというと、この主人公に共感するというのは、良い悪いをさておき、あまり格好の良いものではない。

見ている時に感じたのは「落ち着き」だった。
冷凍バナナを食べた。


夕方から会議だったので向かう。
早めについたので議題と進行の準備をする。
議題の消化が早い。
残念ながら議題があっても、直接の担当者がいないと進めづらいものがあり、消化不良だった。

「忙しい」「暇」という言葉が飛び交った。
そういえば最近よく耳にする。

「自分の時間がほしい!」
「忙しくて余裕がない」
「暇なんですか?」

「忙しい」
「暇」
そんな言葉は所詮本人の捉え方ではないのか。
他者の判断で決めるものなのか。

僕なら合宿が一月に5回あろうと、
楽しければ忙しいなどとは感じない。
プライベートの用事がないならどれだけ予定が立て込んでいても「暇」の一言だ。

僕は「忙しい」人々を尊敬する。
それだけ自分の時間に義務感と関心を持てているのだ。良いじゃないか。

   

 

この日は久しぶりの面接だった。

 

しかし、家を出る時に財布を忘れ、

面接会場まで必死に走る羽目になったことは

反省物である。

 

この日の面接は今までに見たことのないタイプだった。

 

個室で、机があって、向き合って話すタイプ。

1時間半。

暑かった。

 

就職活動をリスタートして初めの面接。

口は上手く回らなかつた。

それだけが後悔である。

ただそれ以外はきちんと答えることが出来た。

 

ちょっとだけくたびれた。

5000円のクオカードが届いた。

これでコンビニで買うことには困らないだろう。

   

 

一体自分は何がしたいのか

時々分からなくなる。

競り合っている感情は一時的に勝ったり負けたりする。

 

自分を一番知ってくれていると思っていた子に

半ば裏切られたように感じてしまったりして

僕はこの日も地に伏せていた。

 

限界だ限界だと時折思う。

すがりたくなる。

一体何にすがりたいのか。

果たしてそのすがった対象は僕を受け入れてくれるだろうか。

 

翌日は面接だと言うのに

口が上手く動かなくなった。

だめだこりゃ。