Book 052 - 夏子の冒険 / 三島由紀夫 | 午前零時零分零秒に発信するアンチ文学

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■あらすじ

 

芸術家志望の若者も、大学の助手も、社長の御曹司も、誰一人夏子を満足させるだけの情熱を持っていなかった。若者たちの退屈さに愛想をつかし、函館の修道院に入ると言い出した夏子。嘆き悲しむ家族を尻目に涼しい顔だったが、函館に向かう列車の中で見知らぬ青年・毅の目に情熱的な輝きを見つけ、一転、彼について行こうと決める。魅力的なわがまま娘が北海道に展開する、奇想天外な冒険物語!文字の読みやすい新装版で登場。

 

 

■解説

 

三島由紀夫といえば、個人的には純文学の小難しいイメージがあるのですが、本作の「夏子の冒険」にはそれが殆ど感じません。美しい文章で話が進行し、とても読みやすく、面白く、そして、切ない話になっています。

 

20歳になった松浦夏子は、この若さにして人生というものに見切りをつけてします。世の中は退屈であり、わたしの前に現れる男達はみな、どこにでもいそうな平凡で保守的でつまらない人間ばかり。だから、わたしの未来だってきっとつまらないものになる。それなら、いっその事、自殺してしまおうかしらと行為に及ぶのですが、家族がなんとか思い留まらせて未遂に終わります。

 

その家族というのが、父の他に、母の松浦光子、祖母の松浦かよ、伯母の近藤逸子・・・いわゆる三婆な訳ですが、みんな夏子の我儘ぶりには手を焼いてました。一度言い出したら二度と曲げようとしない。それは誰の命令であったとしても。

 

そんなある日のこと、夏子は家族との食事中に決意します。

「わたし、修道院に入る」と。

 

修道院の場所は北海道の函館。東京からは船に乗っていかねばならない。夏子の身が心配な三婆は、お供として一緒に付いていきます。

 

その道中、夏子は上野駅で猟銃を背負った青年を見かけます。暗く、どす黒い、森の光を帯びた獣のような美しい目。彼は一体何者なのだろうか。今までの男とは全然違う。気になって仕方がない。

 

夏子一行は船に乗ります。同じくして、あの青年も函館行きの船に乗船します。夏子は三婆が席を離れてから青年に近づきます。彼の名は井田毅。彼には今までの男達になかった情熱がある。う~ん、上手く言えないけど、身体の芯から得たいの知れない力が漲っているかのようと夏子は思った。「そうだ、決めた。毅に付いていこう。彼がこれからどんなことをするのか、この目で見てみたい。いいえ、そうじゃないわ。わたしも体験してみたい」と。

 

「あたし、松浦夏子。明日、函館で会いましょう」

 

こんな話までに発展していたことも知らない三婆。

 

「という訳だから、わたし、毅さんに付いていく。じゃあね」

 

この先、三婆が右往左往したのは言うまでもありません。一方で、夏子は毅と函館で落ち合います。そして、どんどん毅の話に惹きこまれて行きます。彼がこれからしようとしていることは、ここから先にあるコタンで仇をうつ為。一昨年、婚約者である秋子を熊に殺された場所だった。毅は熊をみつけてこの猟銃で仕留めるのだという。夏子は目を輝かせる。

 

「いいでしょ。わたしも連れてって。足でまといにはならないわ」

 

修道院の話なんてどこへやら、夏子は毅に連れられてコタンを目指します。その遥か後方では、三婆があーだこーだと言いながら追ってきている。

 

これは夏子が修道院へ行くまでの間、ちょっぴりと寄り道をした話。

短い間ながらも毅によって夢中になれた彼女が一瞬だけ輝けた青春のお話。