選んで読んだわけじゃなくて
たまたま文庫で順番に読んでいたら
この短編だった。
--最初の児(こ)が死んだので、私たちには妙に臆病が浸込んだ。
次に授かった左枝子をかなり慎重に丁寧に扱う両親。
特に過敏なのは父。
女中の娘を2人雇っているからそれなりの人物なのだろう。
感冒が流行するなか
町の青年会が旅役者を呼んで芝居興行をする。
なんでこんな時期にやるのかなと腹立たしく思う夫。
女中たちにも決して芝居を観に行かぬよう告げるが
そのひとりが嘘をついて芝居に行く。
それを詰めていくシーンが生々しい。
女中は決して行っていないと明言するので
信じないながらも葛藤してそれ以上責めないことにした矢先
やはり行っていたことが判明する。
これでは左枝子を任せられないと不安になる両親の心。
嘘に対する考え方の違い。
紆余曲折あって
その後夫が風邪をひき
それが家庭に広がって
そのときの女中の献身的な働きぶり。
--普段は余りよく働く性(たち)とは云えない方だが、その時はよく続くと思う程に働いた。その気持は明瞭(はっきり)とは云えないが、想うに、前に失策をしている、その取り返しをつけよう、そう云う気持からではないらしかった。もっと直接的な気持かららしかった。私には総てが善意に解されるのであった。私達が困っている、だから石は出来るだけ働いたのだ。それに過ぎないと云う風に解(と)れた。長いこと楽しみにしていた芝居がある、どうしてもそれが見たい、嘘をついて出掛けた、その嘘が段々仕舞には念入りになって来たが、嘘をつく初めの単純な気持は、困っているから出来るだけ働こうと云う気持と石ではそう別々な所から出たものではない気がした。--
心情描写が実に素朴でリアル。
現実の生活で似たようなやりとりはよくあるのではないか。
結局その後
この女中と主人たちはものすごくいい関係になるのだが
そういうことも含めて感情の機微というか
人間関係ってどこでどうなるか理屈だけじゃわからない
というあたりまえのことがシンプルに伝わってきて
いいものを読んだという気持ちになった。
--流行感冒--
志賀直哉