今年も充実した1年であった。
そう自分に言い聞かせる。
数年越しの懸案事項になんとか区切りをつけることもできた。
もちろんあたらしい懸案事項もいくつか増えたのだが
それでもなにかに区切りがつくのはほっとするものだ。
大阪でのちょっとした冒険もあった。
個人的にはそんな1年だった。
いっぽう世間は
ぼくにとっては好ましからざる方向に向かっている。
敗戦から70年の節目の年。
節目だからというわけではないが
多くのひとと同様にぼくも戦争と平和について
意識することが多かった1年だった。
それから民主主義についても考えさせられた。
危機にならないと考えないのもどうかしていると思うが
それでも1歩前に進むことは悪いことではない。
過去・現在・未来。
現在は過去の選択の結果であり
未来は現在の選択の結果である。
どうしようもなく一回性の
いま
ここ。
けれどもそれは刹那的な
いま
ここ
ではなく
不可逆的な時間の流れのなかの
いま
ここ。
2015年を経て2016年はどのような1年になるか。
いやどのような1年になるかは
ぼくたちが何を選択するかによる。
今年、特に印象に残った本を思い出してみる。
★最も気に入ったあたらしい作家さんは
上田岳弘さん。
あたらしいといいながら出会いは去年の
太陽
それから今年は
惑星
私の恋人
いずれも壮大な寓話で
ぼくに想像力を膨らませる愉しい時間を過ごさせてくれた。
★最も宇宙の広がりを感じさせてくれたのは
ローレンス・クラウスさんの
宇宙が始まる前には何があったのか
理論うんぬんもさることながら
本の中を縦横無尽に飛び交う専門用語の数々が
いかにも詩的で
宇宙的にポエムだった。
人間ってなんてちっぽけな存在!
でもそんなちっぽけな人間の想像力や好奇心を
愛さずにはいられない。
★最も日本文学の諧謔を感じさせてくれたのは
太宰治さんの
お伽草紙
瘤取り
浦島さん
カチカチ山
舌切雀
どこまでもスタイリッシュ。
昔話のアレンジといえば
芥川龍之介さんの
桃太郎
猿蟹合戦
も好きだったのだが
太宰もなかなかいけてる。
★最も読みたいと思いながらなかなか読まなかったのは
ジョージ・オーウェルさんの
一九八四年
これはすごかった。
完全に現在を予見している。
っていうか65年前にはすでに
現在とおなじような状況が起こっていたのだ。
つまり人間は歴史に何も学んでいないということ。
まるで時間が止まっているかのように。
この流れがどうなるか知っているんだから繰り返してはならない。
★最も又吉直樹さんの魅力を再確認できたのは
火花
又吉さん
好きなんです。
作家気取りかよ!
って思ってしまった時期もあったけれど
又吉さんの文学に対する愛情がよく伝わってくる作品だった。
オイコノミアも好きでよく観ている。
あの等身大で過不足なく生きている感じがいい。
スピードが求められる現代社会で
さらにスピードが命ともいえるお笑いの世界で
あのじっくりと考えながら話すスタイルは
魅力的。
★最も戦争における情報操作を端的にあらわしてくれたのは
アンヌ・モレリさんの
戦争プロパガンダ 10の法則
わかりやすく整理してくれている。
これを読めば戦争っていうのがいかに都合よく
情報をコントロールされて実行されるか
っていうのがはっきりわかる。
リテラシーの観点からも多くのひとが読んでおいてほしい。
★最も現代社会の知性の問題に気づかせてくれたのは
養老猛司さんの
バカの壁
一世を風靡した新書の名作だが
いまでもまったく色褪せない。
むしろいまこそよくわかる。
知りたくない情報は無意識的に遮断される。
バカの壁は反知性主義とよく似ている。
★最も記憶と時間と愛情の関係に思いを馳せたのは
カズオ・イシグロさんの
忘れられた巨人
ファンタジーの姿を借りたこの作品は
幻想的な世界観にどっぷりとつかるという醍醐味をあじわいつつ
人間の秘密の深淵を覗かせてくれた。
忘れることと許すこととの決定的な違い。
★最もくせのある直球で世相を斬ってくれたのは
島田雅彦さんの
虚人の星
斜に構えた姿勢で物事の本質にアプローチする島田さんが
これほど直球で現実の問題を描いたのは異色ではあったが
そうさせた現実がよほど危ないということなのだろう。
直球とはいえもちろんそこは島田作品である。
きっちりと曲球にもなっている。
ほかにも
イアン・マキューアンさんの
初夜
とか
ロバート・A・ハインラインさんの
夏への扉
とかもよかった。
もちろん
川上未映子さんの
あこがれ
や
たけくらべ
の現代語訳
も読んでよかった。
実は今年再読した本で
ネイサン・イングランダーさんの短編集である
アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること
がやはりかなりいい。
特に
姉妹の丘
若い寡婦たちには果物をただで
読者
がいい。
深い名作だと思う。
特に今年は社会情勢も相まって鋭く考えさせられた。
とにもかくにも。
ぼくの人生に読書があってよかった。
嫌なことがあっても本の世界に入れば気持ちが切り替わる。
ぼくにとっての読書はある種のルーティーンみたいなものでもある。
気持ちを切り替える儀式。
もちろんそういうきっかけとしてだけではなくて
読書そのものがたのしいからやめられないというのが大前提。
そんな幸せをかみしめながら
けれども世界中の争いや苦しみのことも忘れずに
2015年にさようなら。
ありがとう。
そして来年がよい1年になりますように。