審判〈最初の審理〉 | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

ここはぼくの好きな場面。


混沌としたごちゃごちゃ感がたまらない。


次の日曜日に最初の審理が行われるので出廷するように。


Kは電話でそう告げられる。


場所はきいたものの、時間を聞きそびれるK。


Kは決意する、なんとしても出廷して抵抗し、最初の審理を最後のものにしてやる。


珍しく頭取代理から、日曜日にヨットでパーティーをやるから来ないか、と誘われるが、断る。


なにしろ審理があるのだから。


当日は、おそらく多くの裁判所が業務を開始するであろう9時に間に合うように家を出る。


そうすれば審理に遅れることもないはずだ。


裁判所だからすぐにわかるだろうと思っていたKをまず当惑させたのはそのまちの光景だった。


まちの入り口から完全に同じような家々が道の両側に立ち並んでいる。


高い、灰色の、貧しい人々が住む賃貸住宅。


布団が干されていたり日用品を売っていたり、おとなやこどもの日常生活がむき出しのまち。


およそこんなところに裁判所があるとは思えない。


ようやく指定された住所にたどり着いたころにはもう9時を過ぎていたが、その指定された場所というのも、ほとんど異常なくらいに間延びした家だった。


大きな中庭を囲んで立ち並ぶ倉庫。


そこもまた裁判所とは思えぬ生活感にあふれた場所だった。


4つある階段のうち1つを選んであがるK。


逮捕の時に監視人が言った、裁判所は罪によってひきつけられる、というのが事実なら自分が選んだこの階段の先に審理室がなければならない。


階段で遊んでいる大勢の子供たちに妨害されながらものぼっていくK。


審理委員会はどこかときくのははばかられ、ひと探しのていで各部屋をノックし、そこが審理室かどうかをチェックしようと考えるが、おせっかいなひとびとはKが考え出した架空の人物をめぐって右往左往。


自分の企てが役に立たなかったことに腹を立てながら、6階の最初のドアをノックすると、子供の下着を洗濯している女が出てきた。


時計を見ると10時を過ぎている。


ここもまた審理室ではなかったと思いきや、女はKが何も言っていないのに、隣の部屋を指差した。


その部屋にはひとが大勢おり、なにかの集会をやっているようだった。


ぼくが好きなのはこの部屋のシーン。


たどりつくまでもごちゃごちゃだったが、この部屋でさらに混沌としてくる。


ひと目見て審理室ではなく何かの集会室のようなので女が誤解したと思い入るのをためらうKに女は言う。


――あなたが入ったら閉めなくちゃならないんですよ、これ以上もうだれも入れないんです。


いや、もうすでに入れないくらいにひとがぎゅうぎゅうじゃないか。


とにかく中に入ったKは、あらわれた頬の赤い少年に導かれ、ぎゅうぎゅうのひとびとを観察しながら、演壇の上の机に案内される。


机のところに座っている男はKをみて言う。


――1時間と5分前には来ていなければならなかったな


その言葉に不平の声をあげる群衆の一部。


どうやらこの集会は、内部で群衆がふたつの党にでもわかれているらしい。


演壇の上も下も、さらに上の回廊になっているところも、黒ずくめのひとびとでぎっしりと埋め尽くされている。

座っていた男はどうやら予審判事で、小さな古びたノートをめくりKに言う。


――たしか塗装職人だったね?


――いや、ある大銀行の業務主任です。


群衆からどっと笑いが起こる。


のっけから人まちがいとはいい加減な裁判にもほどがある。


これこそこの逮捕と裁判が無意味であることの証左ではないか。


Kはこれを機に、この裁判の不当性を主張し、そしてこの裁判を行う組織と役人の腐敗について、徹底的に攻撃する弁舌を演壇のうえで披露する。


群衆はあたかも自分とおなじ境遇で、彼らを味方につけることが自分の裁判にとって有利であるかのように。


Kは自らの弁論に酔いしれる。


まるでこの群衆を牛耳っているのは自分だとばかりに。


しかしKの弁論は終わりに差し掛かったころ金切声によって中断される。


Kをこの部屋に導いた洗濯女と男がホールの端で抱き合っていた。


Kはこのふたりを自分の弁論にとっての重大な障害であるとみなし、ホールから追い出すべく群衆をかきわけて近寄ろうとするが、そんな彼を群衆は行かせようとはせず、むしろ捕まえようとするのだった。


よくみると群衆の襟には、予審判事と同じ記章がついているではないか。


――そうか、きみたちはみんな役人だったんだな、わかったぞ、きみたちこそぼくが攻撃した、あの腐敗した仲間だったんだ、聴衆と探偵と一緒になって、ここにつめかけたというわけだ、見せかけだけの党派をつくって、一方に拍手喝采させてぼくを試そうとしたのだな、無実な者をどうやってひっかけるか、勉強していたというわけだな!


そう言ってKは出口にむかって突き進んだが、予審判事は出口のところで待っていて、Kにこう言った。


――ちょっと待って、あんたにただこのことを注意してあげようと思ったものだから、訊問というものはふつう、どんな場合にでも逮捕された者にとって利点になるものなんだが、あんたは今日――あんたにはまだよくわかっていないらしいがね――自分でその利点を奪いとってしまったんだよ。


Kは、訊問なんて返上申し上げるよ、と捨て台詞を残して階段を駆けおりた。


なんだかやたらと長いあらすじみたいになってしまった。


もうちょっとポイントを絞ってまとめるべきか。


腐敗した組織、そして知らぬ間に一体化している群衆と組織。


Kのあまりの注意力のなさ、思慮の浅さが引き起こす悪い展開。


そしてそれをあらわす巧みな表現。


ところでぼくは、この群衆のシーンで、マルタン・ジャリのシュールな絵を思い出すのだ。





――審判〈最初の審理〉――

フランツ・カフカ

訳 中野孝次