審判〈笞刑吏(ちけいり)〉 | (本好きな)かめのあゆみ

(本好きな)かめのあゆみ

かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

話せば長くなるし、また、ぼくも充分に理解できているわけではないので心もとないのだが、ちょっと説明をしておく。


ぼくが持っている“審判”は、新潮文庫で、平成4年12月10日発行、平成5年6月20日3刷となっている。


この本の章立てでは、〈最初の審理〉の次には〈人気のない法廷で・大学生・裁判所事務局〉となっているが、今回は〈笞刑吏(ちけいり)〉について書く。


訳者の中野孝次さんの解説によるとこうだ。


生前出版した短篇集をのぞきそれ以外はすべて「例外なく、読まずに焼却のこと」というカフカの遺言にそむいてブロートが“審判”を発表した。


ブロートはカフカの死後、遺稿を集め、整理し、熟考の末それを世に出した。


ブロートは手許の遺稿に“審判”の名をつけ、章分けした。


読者の受けを考えなければならなかったブロートは、小説が未完断片だという事実を隠し、完成したもののように装うことを強いられた。


未完の章は排除され、表記その他に手入れもされた。


これがのちのちまで問題を残すことになった。


問題1 各章の配列の仕方


問題2 原稿にたいするブロートの手入れ


問題3 「未完の章」「削除された章」の扱い


で、ブロートの配列では、〈最初の審理〉のあとは〈人気のない法廷で・大学生・裁判所事務局〉となっているのだが、ビンダーによる研究では、〈最初の審理〉のあとにカフカが書いたのは〈笞刑吏〉であり、またそのような配列の方がより話に膨らみが出る、というもので、訳者の中野孝次さんもその考えを支持している。


そういうわけで、今回の通読に際しては、試しにその順番で読んでみようというのである。


本作ではこういう場面はしばしばあるので、今後もそういうことで読んでいく。


前置きが長くなったが〈笞刑吏(ちけいり)〉である。


これもまた悪夢のような話だ。


最初の審理のどたばたからまもなくのある晩、Kが銀行で残業をしているときに廊下を通りがかると、物置部屋とおぼしき場所からうめき声がきこえてきた。


誰かを呼びに行こうと思ったが、好奇心の方がそれにまさり、ドアをあけてしまう。


すると中には3人の男がいた。


ひとりは笞(むち)を手にした革服の男。


あとのふたりはKに最初に逮捕を告げた監視人のフランツとヴィレムだった。


どうやらふたりは、Kが例の予審のときに、裁判所の組織と役人の腐敗について演説した際、彼らがKの衣類を要求したり、Kの朝食を横取りしたり、賄賂を要求したりしたことを引き合いに出したため、それが組織に知られてしまい、こうして笞の刑を受けることになったらしい。


なぜこんなところで。


しかしここでもKの対応は変わっていて、Kは組織を批判したのであって、監視人を告発したのではない、だから彼らを罰しないでほしい、なんならいくらか渡す準備がある、と笞刑吏を説得しようとするのだ。


その手は食わない、そうして買収しておいて、あとでまた告発するつもりなんだろう、とその申し出を断る笞刑吏。


監視人のフランツとヴィレムも、自分たちの給料が低いから、ああいうことをしてしまったのだし、それはいけないことではあるが普通にやられていることだから、どうにか助けてほしい、とKに懇願する。


Kの説得にもかかわらず、ふたりの監視人に容赦なく笞を打ち付ける笞刑吏。


フランツがあまりの痛みに叫んだ音が激しくて、その叫び声を不審がって残業中の小使いでもやってきて、自分がこの場にいるのをみられたら厄介だと思ったKは、あわててドアを閉めた。


物置部屋のなかの音は聞こえなくなり、小使いに気づかれるのも避けることができた。


翌日、Kは前日の記憶が頭から消えなかったせいで集中が途切れがちになり、結局ふたたび残業をすることになった。


帰りがけに、何気なく物置部屋のドアを開けて、Kは我を失う。


なぜならきのうドアを開けたときと同じように3人の男たちがいたからである。


まだやっていたのか。


はたしてこれは、夢なのか、現実なのか。


巨大な組織の論理と、その構成員のうち末端に属する人間の卑小さ、哀れさが感じられる場面だ。


Kは逮捕されているとはいえ、監視人や笞刑吏よりも富裕であり、かつ自由でもある。


いっぽうで、監視人や笞刑吏は、逮捕されていないという点で、Kよりも自由であるともいえる。


この両者の関係は注目だ。




――審判〈笞刑吏〉――

フランツ・カフカ

訳 中野孝次