近作では、エンターテインメントであることをおそれずに、キャッチーな素材を遠慮なく投入してきた島田雅彦さん。
その甲斐もあって、今作のような地味な素材にも、読むものを飽きさせない雰囲気が漂っている。
ぼくが好きだった島田作品は、この作品のような流浪の物語。
お帰りなさい。
久しぶりにともだちに再会できたような感慨が湧く。
主人公は銀行の副支店長。
妻と、今年大学生になったばかりの娘の三人暮らし。
その主人公がある日突然姿をくらませる。
失踪。
主人公には狙いがある。
支店長と闇の金融ブローカーの悪事を白日のもとに曝け出すこと。
しかしそれには行方をくらまして、時期を待たなければならない。
フィニッシュは、倍返しの銀行員のようなスカッと爽快なものではない。
なぜそこを描かないの? といいたくなる読者もいるかもしれないけれども、わかりきった展開を描くような無粋をこの作者は選ばない。
いや、ただ単にひねくれているだけかもしれないけれども。
むしろ、この作品の読ませどころは、主人公の失踪の日々。
ホームレスとしてさまようのである。
下町、公園、シャッター商店街、丘陵、墓地、廃車、河川敷などなど。
ホームレス暮らしは簡単ではない。
知力と体力。
炊き出しに並んでみたり、スーパーの試食を巡ってみたり。
時には運を天に任せることも必要。
そして何より必要なのは教養と想像力と遊び心。
これがあればエアーで食事だってできるし、河川敷の中州だって領有できる。
この作品を読んでいる間、ぼくは主人公とともに野宿し、電車に揺られ、東京の街や野を歩いていたのだ。
若きころのぼくは島田作品を読んで流浪に憧れたものだった。
定住せず、ともだちや恋人のところを転々とする生活。
島田雅彦さんはついに屋根や壁さえもみずからつくるに至った。
ディオゲネスは樽のなかに住んだという。
ニッチとは犬儒派のシニカルな犬のことかもしれない。
もっと自由に。
――ニッチを探して――
島田雅彦