副題は
京都花街 人育ての極意。
舞妓さんの成長を通した、周囲の声掛け、人材育成の分析本です。
おもてなしのプロフェッショナルである芸舞妓さんの育成の過程を、そこで用いられる特徴的な言葉を通して、京都女子大学准教授の西尾久美子さんが、わかりやすくて愛情のこもった文章で整理してくれています。
随所に挿入された芸舞妓さんや花街の写真も目を喜ばせてくれます。
お座敷での振る舞いなど、スタッフサイドの裏話的な要素も盛りだくさんで、花街の世界に想像が膨らみます。
中学を卒業して、花街に飛び込む少女たち。
仕込みさん、見習いさんを経て、舞妓さんデビューを迎えます。
仕込みさん時代は1年程度ですが、そこで用いられる花街の言葉は
電信棒見ても、おたのもうします
教(お)せてもらう用意
頭で考える前に、おいど動かさんと
毎日一緒やから、繕えへん
どれもこれも1年生には必須ですね。
人のつながりの輪に入ることの大切さ、学ぶ姿勢を自律的に準備する態度など。
見習いさん時代の言葉は
見せてもろうて、よろしおすか
かわいがってもらいよしや
座ってるのも、お稽古
どんなことがあっても、お稽古休んだらあかんのえ
謙虚さと真摯さ。
舞妓さんデビューを果たした頃の言葉は
○○さん姉さん、おおきに
すんまへん
おたのもうします
言うてくれはる、見ててくれはる
おいどが軽い
しょうもないことやさかいに、言わへんのは、あかんのえ
お目だるおした
おおきに、すんまへん、おたのもうします。
これらの言葉を適切に使いこなせるということは、全体の中での自分がよく理解できているということになる。
どんなに別嬪さんでも、これを使いこなせないと花街ではかわいがってもらえない。
っていうか、どこの世界でもそうですけど。
ぼくのお気に入りは
言うてくれはる、見ててくれはる
で、誰かに自分の失敗を指摘されると、恥ずかしさのあまり、つい素直じゃなくなってしまうけれども、指摘してくれるっていうことは、気にかけてくれているということなんですよね。
このあとも
紅をさす頃
髷(まげ)替えの頃
舞妓の社長の頃
衿替えの頃
と、ステージが上がるたびに、それにふさわしい言葉を、置屋やお茶屋のお母さん、先輩の芸舞妓さんなどからかけられて、成長していきます。
多感な15歳から20歳くらいまでを、禁欲的に、ひたすらおもてなしのプロとなるために、お客さんに喜んでもらうために、精進していく彼女たちに頭が下がるとともに、置屋やお茶屋のお母さんをはじめ、花街の文化を支える人たちの熱意に胸がじーんとしてくるのです。
余談ですが、ひとつ気になるのは、20歳過ぎで舞妓さんを卒業するとき、芸妓さんの道に進むか、この世界を離れるか、今後のキャリアを選択をする場面。
舞妓さんを卒業してから、芸妓さんにならなかった人は、いったい、何になられるんでしょうね?
ふつうのOLになったり、家事手伝いになったりするんでしょうか?
あるいは、銀座や新地の売れっ子さんになったりしてるのかな?
舞妓さん時代にかわいがってもらった旦那さんのお世話でブティック経営とか?
いやらしい想像が膨らんでしまい、まったくもって申し訳ございません。
脱線ついでにもうひとつ余談。
最近、上野千鶴子さんの本を読んだ後なので、舞妓さんの話を読むのは実は少し複雑な気分なのでした。
だって、一歩間違うと、男性社会におもねる女性の構図が、この舞妓さんの世界には感じられそうで。
でも、それって、ひどい誤解なんですよね。
舞妓さんは、オヤジだけのものではなくて、日本の文化を愛する男女すべてのためのものですから。
というぼくは、一度、花街体験ツアーみたいなので、一度だけお茶屋遊びの真似事をしたことがあるだけで、しかもそのときには、その魅力が1ミリも理解できなかったんですけどね。
いまは、憧れますよ。
あ、そうそう、品のないお客さんに出たての舞妓さんが携帯番号をきかれて困っているときの、チームリーダーたる先輩舞妓さんの返しが秀逸なのでご紹介しておきます。
――すんまへん、うちらは糸電話しか持ってしまへん。お気持ちがあれば、通じます。
ウイットに富んだ返答で、場の空気も和ませながら、たしなめるという高等テクニック。
これ、使えませんか?
さて、とってつけたように本題に戻ります。
日本の文化たる花街の伝統を守る魅力的な言葉の数々。
ブラック企業なんていう若者を使い捨てにするひどい会社があるようですが、厳しくも愛情をもって人を育てるこの花街の文化、ぼくたちが属する組織にも通じますよね。
――京都花街 人育ての極意 舞妓の言葉――
西尾久美子