永久凍土というほどには永久でもなかった。
少年は愛犬を連れて散歩をしていた。
ここはシベリア北部のタイミル半島。
エニセイ川の土手。
永久凍土のこのあたりでは貴重な短い夏のひとときをそれという自覚もなしに愛犬とともに全身で満喫していた。
鼻歌なんて口ずさみながら歩いていたのだろうか。
あるいは棒っきれなんかを振り回しながら風の音でも聴いていたのだろうか。
しばらくうろうろしていると何か生き物の腐ったような匂いが鼻をついてきた。
不快な匂いである。
腐臭。
都会の大人ならば顔をしかめて鼻をつまんで遠ざかるだろう。
ああやだやだ。
触らぬ神にたたりなし。
けれども少年は少年であった。
少年という生き物は東京に暮らそうがナイロビに暮らそうがシベリアに暮らそうがどこに暮らそうが等しく少年である。
少年という生き物は好奇心を抑えられない。
そして彼も少年だった。
腐った匂いの出どころを求めて匂いの強くなる方に向かって歩いた。
それにしてもくさいなあ。鼻がもげそうだな。おえーっ。
そういいながら匂いの元に近付いていく。
嫌がる愛犬。
このにおい耐えられないワン。
すると凍った地面の中からなにやら動物のからだのようなものが突き出している。
くさいくさいといいながらも好奇心に支配された少年は掘り起こさずにはいられない。
ここほれワンワン。
愛犬も一緒に掘ったのかどうか。
巨大な動物のかかとのようだ。
匂いの発生源はこの動物だ。
少年は散歩から帰ると今日エニセイ川の土手で発見したあまりにも巨大な動物の死骸について家族に話した。
少年にとってはわくわく興奮する冒険談だった。
両親はいつものように微笑ましく聴いていたがあまりにも少年が熱心に語るのでなんだかひとめその巨大な死骸とやらを見に行ってやろうと思った。
よくある大人ならば見てみたいとは思っても実際に現場まで足を運ぶことはしなかっただろう。
だって忙しいんだもの。
けれども少年の両親は違った。
見に行った。
そしてその巨大な動物の死骸はただならぬ発見だと感じた。
都会の博物館に連絡した。
サンクトペテルブルクから研究者がやってきた。
5日間をかけて掘り起こした。
世紀の発見。
3万年前に死んだマンモスの成体。
牙、骨、皮そして内臓の一部。
ほぼ完全な状態で残っていた。
影響凍土に閉じ込められて3万年。
永い時を越え放たれた腐臭。
少年が好奇心を抱かなければ人知れず土に還っていただろうか。
今を生きる生物たちの餌食になっていたかもしれない。
あるいはあの腐臭はマンモスが少年に送ったメッセージだったのだろうか。
なくなる前にぼくに気付いてっていう。
世紀の発見は永久凍土を溶かすほどの地球の温暖化が導いたのかもしれない。
皮肉である。
永久凍土というほどには永久でもなかった。
※いわずもがなですが最近のニュースを勝手に膨らませた妄想でありんす。