桜の樹の下には屍体が埋まっている!
あまりにも有名なこの一節。
がしかし
これまで読んだことがありませんでした。
最近
梶井基次郎さんの
ほかの作品の肉筆原稿が発見された
という記事を読んで
これを機に(何の機?)
新潮文庫の
檸檬
を購入したわけです。
20編の作品が掲載されていて
420円(税込)とお得です。
さらにお得なことに
この
桜の樹の下には
も収録されていました。
ラッキー。
でこの作品。
わずか4ページなんですね。
もっと長いと思っていました。
これならちょちょいのちょいです。
そう思って
この作品から読み始めました。
桜が美しすぎて不安になる俺。
桜の樹の1本1本の根元に
馬や犬や猫や人間の腐乱した屍体が
埋まっていることを妄想することで
桜の美しさに納得ができるようになる。
美と惨劇の平衡によって
初めて明確になる俺の心象。
現実感覚。
現実感覚とは
目に見えるものだけではなくて
その背後に隠れたなにものかを想像することによって
より強固なものになるのだと
いわんばかりに。
こういう論理展開は
若者らしい鮮烈で痛々しい
宣言に思える。
現代に生きるぼくには
すでになんらの目新しさも感じられない
発想にも思えるが
この作品が発表された1927年(昭和2年)には
まったく衝撃的な文章だったのだろうか。
わずか4ページに凝縮された
1文1文に詩のような舞踏のような
烈しさが籠められたこの作品そのものに
屍体から流れ出る水晶のような液が
染み込んでいるように思えてならない。
-桜の樹の下には-
梶井基次郎