DV離婚と発達障害の関係 | 夕菜の宝箱

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~がん(私)でも発達障害(息子)でも上手くつきあって幸せに暮らすことを目標にする毎日~

今まで、別日記サイトに記していた日記をスマホで手軽にも読めるブログに転記しようと思い立ったのはいろいろな理由があるのですが、その一つに「自分のやりたいことを少しずつでもやる」という思いがあります。

 

私のインターネットとの出会いは2001年5月。ちなみに離婚して2か月後のことです。



 パソコンが我が家にやってきた


2001年05月08日(火)


図書館に行っても、蔵書の検索はパソコン。
ハローワークの就職情報の検索もパソコン。

やっぱり、パソコンって今の時代、必要なんだ…。
私なんてワープロもやったことなし。
文字の打ち方もよくわからない。
でも、無料のパソコン体験教室に参加してみたら、
別に恐れるほどのものでもなさそうだ。

というわけで、どんな機種がいいかもよくわからないまま、
「パソコンの買い方、使い方 」という本を一冊買って調べた後、
電気屋さんをのぞいて…
とうとう買ってしまった。 やっぱり、いいわ~。

ブラインドタッチできるよう、がんばろう。

 

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ただこれだけに、数時間かかって打ち込んだのではなかったかな?(笑)

 

そして「今から結婚を考える人、年頃の子どもさんを持った人向けに、結婚は勢いや妥協ではなく、いろんな角度からよく観察してよく考えてからした方がいいのでは?」という思いを込めて自分の体験談を知ってほしくて契約していたプロバイダが持っていた無料ホームページを立ち上げました。

 

夕菜の宝箱というサイトで「結婚と離婚と」というコンテンツがメイン。時間のあるときに書いていきましたがなかなか言いたいことが多すぎて、忙しい合間をぬって書いてはアップしていきましたが、まだ物語は途中でしたっけね。

 

無料日記も取り付け、当時各県ごとに問題や開催日時が違っていた保育士資格の兵庫県の情報を公開と共に日記に末尾に毎日一問一答の問題と答えを書いて日記は日々更新するようになったのです。

 

夕菜の宝箱はいろんなものを詰め合わせようと、コンテンツがどんどん増えていったわけですが、メインの「結婚と離婚と」が「結婚と離婚と再婚と」とタイトル変更をした記憶はあるのですが、だんだん自分が書きたいことがわからなくなってきて自然消滅した幻のホームページでした(笑)

 

元夫のことを「こんな人とはわからなかったから気を付けた方がいいよ」という勢いで始めたコンテンツが、我が子が成長するにつれ「おや?これは・・・元夫ととても似た傾向があるのでは?」と気が付いた瞬間、大好きな息子たちのことを全否定するような読み物を書き続けることにものすごい抵抗を感じたからです。

 

無知だった20代の頃、普段は優しい普通の人なのに自分の思い通りにならないことがあると、ありえない理由でキレて、言い返そうものなら油に火を注いて止まらなくなり暴力に至るこの沸点の低さを、「わがままに育てられたせいだ」と思っていた私。

 

保育士資格を取るために勉強をしていて、発達障害(と当時は言っていませんでしたが(笑))を初めて知り、愕然としたのです。

 

我が子は不思議なところはあるけれど、めちゃくちゃかわいかったし大好きなんだけど~子育て間違うとああなるのか?と思った瞬間フリーズしてしまいました。

 

元夫のことは決して根は悪い人じゃないのにもう一緒に暮らしたら命にかかわるところまでこじれたじゃないのか?

暴言、暴力から離れたところで暮らし始めると「なんて平和~」「もう二度と戻りたくない世界」と幸せいっぱいではないですか。

 

ええええ?!

 

これはいけません。これは声かけの仕方や子育てそのものもを私がしっかり勉強してなんとかすれば、なんとかならないものなのか??いや、なんとかしたいぞ。(もはやパニック)

 

子どもたちが絶対にあんな風にならないように、子育ては間違いたくない!!

周りが配慮したり、薬を上手く使ったりして穏やかに暮らす方法はあるのではないか??

なんとしても暴力は振るわないみんなから愛される人に育てなくては!!

 

と、決意を固めた瞬間でもありました。

 

診断をされたわけではないですが、元夫はADHD要素の強いタイプで、その父はぼんやりおとなしいのですが、母は気分のままに叱りつけるタイプ。そんな家族を6年近く見てきたことで参考になることが満載なのです。

 

DVという言葉がまだ世の中にあまり知られていなかった頃、結婚式当日から「無理だ・・・」と思ったのに6年近くも一緒に暮らしてきたことに「もっと早く気が付いて早く離婚したらそんなに傷つかずにすんだのに」いう方もいらっしゃいましたが、傷ついた気はしないです。それにも気がつかなかった楽観主義者かもしれませんが今となってはそれも財産。

 

我が子の子育てにどれだけ参考になったことか(笑)

 

そうはっきりと私の中で結びつくと元夫のことも時代が違っていて何らかの配慮が受けられていたら、追い込まれて妻や子と別れることなく暮らすことができたのかもしれないのか~と考えてあげられることも少しはできるようになり「絶対に私たち親子の存在を元夫に知らせたくない」という強い思いが大きく変わった1年なのでした。

 

まぁ18年もかかりましたよ。

 

やっぱりよくないです。暴力は。

 

そのきっかけになったこの1年の出来事はまた別の機会に~。