これは17日(日曜)のお話です(_ _)
6時28分am 小山駅から常磐線直通の水戸線に乗る
ガタンゴトン ガタン ゴトンガタン ゴトン
こないだ買った森永さんの本とほうじ茶と私
水戸駅で常磐線にお乗り換え
ガタンゴトン ガタン ゴトンガタン ゴトン
しばらく走ると車窓から太平洋が!
特別なことをしなくても移動手段を変えるだけで味わえる非日常
このちょっとしたことが必要だと感じる僕なのです
そんなこんなで揺られ揺られて約3時間
いわき駅に着いたどぉ
時間に余裕があるので1年ぶりの、いわきをブラ歩く
俺の中で『ザ・いわき』と言えば復興 夜明け市場
ママさんは元気だろうか?
お店の前で「近いうちに来るからね」と、つぶやいたのでした
てな訳で本日の目的はこれ!
今中哲二さんの講演会&たらちね活動報告会!!!
ここで、今中哲二さんとは誰ぞや?をサクッと
今中さんは日本の原子力工学者
2016年に京都大学を定年退職し、現在、京都大学複合原子力科学研究所の研究員
原子力を学んだからこそ原子力利用に警鐘を鳴らし、その危険性について研究をしている凄い人!
俺が尊敬する小出裕章さんと共に原子力安全研究グループ『熊取六人衆』の1人なのである
時間となり今中さんの講演がスターティン
まず東京電力が2011年12月21日に発表した『廃炉に向けた中長期ロードマップ』について
その内容は!
8年でプール内使用済み核燃料の取り出しを完了する
また
燃料デブリの取り出しは、今後30年から40年以内に完了させる
だそうである
はいはい、ここでも出ました30年~40年
いつも言ってるんだけど、この30年~40年って単位は、言った人はその頃にはすでに定年をむかえて会社(組織)にはおらず
「30年~40年経ったのにいったいどうなってるんだー!」と訴えても「いやぁ それを言った人はもういないし、我々も引き継ぎしていないんですよ、、、」的に誤魔化せる時間単位ってのをくれぐれもお忘れなく
さて
廃炉に向けては当然ながら最低3つの課題がある
それは
①使用済み燃料プールからの燃料取り出し
②燃料デブリの取り出し
③原子炉施設の解体とその後の後始末
その①の使用済み燃料の取り出しについては3号機と4号機の作業は終了し、敷地内の共用プールに移送されたが、1号機と2号機にある使用済み核燃料はいまだ未回収
その②のデブリ(溶けた燃料が固まったもの・デブリの量は3つの原子炉合わせて800トン以上)の取り出しについては、13年経っても現場検証が難航中であり、ズバリ!五里霧中
その③についてはそもそもロードマップで示してもいない
今中さんは言う
40年で廃炉は幻のスローガンである!
イチエフの後始末には100年、200年先を見越した計画が必要だ!と
そして
汚染水を増やさないため、しっかりとした遮水壁が必要だ!と
そして
そもそも、地震だらけの日本に原発を作ったのが間違いであり、その間違いを素直に認め、原発の再稼働はやめるべきである!と
今中先生!
まったくもって同感でございます(_ _)
ここで今中さんに、たどたどしく質問をしました
T「国は避難指示解除を進めていますが、デブリを取り出す際に再臨界(再び核分裂反応が激しくなること)して、戻った人たちは大変なことになりませんか?」
今「私は再臨界の可能性はきわめて低いと考えます。また日本の技術力はそんなにひどくないですから。ただ心配なのはデブリを取り出す際に周りのホコリやチリなどが舞ったりすると汚染が広がることが考えられます。で良いですか?」
T「ありがとうございます」って大きく割愛したけどこんな感じ
俺は強く思うのよ、、、
道路や家の周りをチャチャっと除染し「はい!もう安心安全なので戻りましょう!さぁ!復興ですよ!復興!」ってのは補償したくない側の都合であって、それは棄民じゃないかなって、、、
たしかに、先祖代々の土地でもあり生まれ育った場所に帰りたいって人もいる、だけど戻る人が少なければいろんなインフラが機能しないからどうなんだろうって、、、
そもそも『復興』って言葉は誰のためなんだろうって、、、
あ
長くなるんですが最後までお付き合いを(_ _)
てな訳で今中さんの講演が終わりソースカツ丼を食す
時間となり『たらちね活動報告』スターティン
NPO法人である『たらちね』は事故当時18歳以下だった福島県民を対象とした甲状腺検査や、被災者であるお母さんたちの心のケアや、公園や海岸それに沖合の海洋調査(汚染)などを行ってる団体であり、俺は5~6年(もっとか?)微々たるお金ですがマンスリーサポートしているのです
はじめて報告会に来たんだけど、たくさんの若いスタッフが頑張ってるって知れてよかった
そんなこんなで電車の時間もあり最後までいれなくて途中退席
常磐線に乗り家路へと向かう
再び車窓からは太平洋
先の見えない廃炉
こんな事故を起こしてもまだ再稼働を進める原子力ムラ
そしてそれに対してまだまだ無関心な我々
真の文明は
山を荒らさず
川を荒らさず
村を破らず
人を殺さざるべし
これは明治45(1912)の田中正造さんの言葉である
この言葉から112年の年月が流れているが、ほどんど変わっていない『今』に時々空しくなる
でもね
希望はあると思っている
いや
希望はある
だからこそ
拙いながらもこんなブログを綴る僕なのです(_ _)