2024年3月3日
「松山千春 ON THE RADIO」(2)

 

番組の中盤前から、松山千春自身の高校時代を中心に、その時の日々が、いろんな歌とともにあったと、思い出を語っていた(以下ボールド)。

 

松山千春が足寄高校を卒業したのが1974年(昭和49年)。その前年の9月20日にかぐや姫の「神田川」が発売され大ヒットした。

 

「神田川」のフォークソング史上の位置づけは…。「学生運動」が1970年をピークに下火に向かうのに呼応して、その運動の中で多く歌われていた関西フォーク、プロテストソングもまた鳴りを潜めていった。その後、若者の間には身近で私小説的な、いわゆる「四畳半フォーク」が浸透していった。それを代表する曲のひとつが「神田川」と言える。

 

この当時のこういう話題、松山千春自身の思い出を絡めた話しは、いつも嬉しく耳を澄まして聞いている。

 

この日、4月3日発売のニューシングル「友よ」について語った全内容はこちら。

 

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(卒業シーズンということで、1曲目に荒井由実「卒業写真」をかけた)

 

 

(21:02~)

荒井由実「卒業写真」、ほんとにいい曲だなぁとつくづく思います。まぁ、ユーミンが、ん~そうだなぁ、東京都八王子(出身)、それから大学へ行かれて。やっぱり上品さがあるよな。俺は高卒だからさぁ、この「卒業写真」みたいな曲は書けないな。あと、ほんとにユーミンが書く曲っていうのは、ほんわかした、あんまり殺伐とした曲はないもんな。

 

まぁ、それは人生、人それぞれ違うからな。そりゃ、中卒、高卒、大卒では、ん~、作る曲も当然違ってくると思うしなぁ。だからと言って、社会に対して批判ばっかりしてね、それでメッセージフォークだ、フォークソングだ、とはね全然言い切れなくて。やっぱり今、日本としては平和な時代が続いているわけだから、その中でどうやって、フォークソングを歌っていくか。(…)

 

(23:11~)

卒業式、いろいろあったなぁ。(自身の中学の卒業式の思い出を語る) で、高校の時の卒業式ってあんまり覚えてないんだよなぁ。それよりも高校を卒業する時にフォークソング、友だち何人かとやった公民館でお客さんを入れてやったって思い出が強かったりなんかするんだけどなぁ。

ま、今聴いていらっしゃるみなさん方、それぞれの世代があると思うんですけどね。俺が、昭和30年生まれの俺が、足寄町で高校3年から卒業する時に流行ってた曲。ちょうどフォークソングってのがもう絶頂期にかかっていくような時で、嬉しかったんだけどなぁ。いわゆる、まぁ、昭和48年、49年か?その頃に流行っていたのが、かぐや姫「神田川」

 

 

(30:04~)

自分の高校時代、いわゆる”名門・足寄高校”時代にですねぇ、そうだなぁ~、1年、2年、3年と、文化祭とかそういうやつで、必ず呼び出されて歌ったんだけど。もうその当時は(松山千春の中では)岡林信康はもう卒業して、失踪していなくなったってこともあるしな。加川良、もう亡くなっちゃったけど、やっぱり加川良の歌を一生懸命歌ってたなぁ。

 

(井上)陽水ももちろんだし、あと、吉田拓郎、なぁ。ところがその吉田拓郎の歌ばっかり、同級生の小野寺ってやつが歌うわけだよ。で、俺、その小野寺が嫌いなわけだよ。そしたら拓郎が嫌いになっちゃってね。拓郎の曲はほとんど歌うことはなかったなぁ。

 

あとはビリー・バンバン、なぁ、いい曲いっぱいあったからなぁ。よく歌ったなぁ。あとはTULIP、TULIPはこれはまた一段と音楽的にもレベルが高かったからな、面白かったな。それでかぐや姫もよく学校の行事で歌ったりなんかしましたけどねぇ。

 

ま、そうやって考えたら、ずうっとこう流れがあって。まぁ、今日(こんにち)があるんだなぁというのをつくづく感じますけどね。(…)

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「卒業写真」(荒井由実)-松山千春カバーー

「さよならをするために」(ビリー・バンバン)

ー松山千春カバーー