産経新聞の連載企画  話の肖像画 

 

7月は「歌手・さだまさし」。さだまさしの生い立ちやご家族の歴史に触れ、現在はGRAPEとしてデビューした当時に話しが移った。

 

7月19日の<18>では「精霊流し」の誕生とヒットした経緯が紹介されている。このエピソードはさだまさし自身がこれまで何度も語ってきた内容なので、とくに長年のファンの方々には新しい話題ではないが、1974年の発表以来約50年、時代を超え今も人々の心と日本社会に定着している名曲誕生の経緯を改めて。

 

記事の下には公式音源と歌詞を挿入した。

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歌手・さだまさし<18>
「精霊流し」大ヒット、でも騙されるな―7月19日




《「グレープ」のシングル第2弾となった『精霊(しょうろう)流し』は、昭和49(1974)年1月、滞在中の福岡・博多のホテルの部屋でつくられた》

海の事故で亡くなった、いとこの兼人(かねと)の精霊船をレコーディングのために担ぐことができず、悔しい思いをしたことは話しましたね(18日付)。もうひとつ、兼人の両親が離婚していたために、両方の家から2艘(そう)の船が出た。これは長崎ではやっちゃいけない。たとえ夫婦別れをしても心ひとつにして船を出すというのが決まりです。

こうしたことが思い出された僕は兼人のことを描こうと決めました。それも、送り出すときの「チャンコンチャンコン…」のにぎやかな騒ぎではなく、船を流した帰り道の寂しさ、(遺族が)とぼとぼと歩く悲しい姿を描こう、って。

実は(「グレープ」デビューのきっかけをつくってくれた)宮崎康平(こうへい)先生(『島原の子守唄』の作者)からも、以前から、『精霊流し』は生活歌だろう、長崎にとって最も大事な行事をなぜ歌わないのか?と言われていたのです。

正月明けに博多のホテルのトリプルルームに僕ら2人とマネジャーが泊まっていたときでした。僕は壁に向かってギターを弾きながら曲づくりをしていると『精霊流し』の1番がすぐにできた。テレビを観(み)ていた吉田(政美(まさみ)さん)に聴かせると「これ2番は?」って。「2番も必要か? 長いよ」と答えると吉田は「まだ言い切っていない。言いたいことを全部書けよ」とアドバイスをしてくれた。その日のうちに完成し、すぐ長崎で初演となりました。

《レコード会社のディレクターが最高の評価をくれた一方でプロデューサーの反応は芳しくない。「ラジオでかけるには長すぎる」とか「こんな暗い歌は売れない」と…》

イニシャル(初回プレス枚数)も少なかった。期待されていないことは分かっていました。ところが、発売前のデモテープを聴いた東海ラジオの女性アナウンサーが『精霊流し』に感激して、自分の番組で繰り返しかけてくれたのです。するとどんどん手紙やはがきが来て「どんな話が背景にあるのだろう?」と〝妄想〟の議論が盛り上がった。レコード発売(昭和49年4月)の約1カ月前のことです。フタを開けてみたら名古屋だけでドーンと売れた。思えばラジオからヒット曲が生まれる時代だったのですね。

それから『精霊流し』は演歌みたいにジワジワと売れました。地方ごとに火がつき、東京で売り上げが1位になったのは9月でしたから。次の第3弾シングル『追伸』は強烈なラブソングでまぁ売れたのですが、『精霊流し』の陰に隠れてワリを食ってしまったほど。

賞レースにも加わり、いろんな賞をもらった。レコード大賞は何と作詞賞。「なぜ作曲賞じゃないのか」とちょっと寂しかったですけどね。

やっていける自信ができたかって? そんなものはありません。まぁ「一発屋」で終わるだろうなぁ。吉田とは「騙(だま)されちゃいけないぞ」って。

というのも、ヒットの前、地方のレコード店にキャンペーンに行ったとき、マネジャーがサイン書きましょうか、と聞くと店主は「2、3枚でいいよ」って。それも違うレコード会社の色紙を出してきた。それが、『精霊流し』の後には、同じ店主がまるで手のひらを返したよう。お茶にお菓子まで出た。

店主が悪いのではありません。これが業界の〝正直な反応〟なのです。再び売れなくなったら、また前の反応に戻るだけでしょう。「絶対に騙されないようにしよう」というのはそういうこと。そんな業界に僕らは入ってしまったのです。

 

 

 

 

 

    

去年のあなたの想い出が
テープレコーダーから こぼれています
あなたのためにお友達も
集まってくれました
二人でこさえたおそろいの
浴衣も今夜は一人で着ます
線香花火が見えますか 空の上から

約束通りに あなたの愛した
レコードも一緒に流しましょう
そしてあなたの 舟のあとを
ついてゆきましょう

私の小さな弟が
何にも知らずに はしゃぎまわって
精霊流しが華やかに始まるのです

あの頃あなたがつま弾いた
ギターを私が奏(ひ)いてみました
いつの間にさびついた糸で
くすり指を切りました
あなたの愛した母さんの
今夜の着物は浅黄色
わずかの間に年老いて 寂しそうです

約束通りに あなたの嫌いな
涙は見せずに 過ごしましょう
そして黙って 舟のあとを
ついてゆきましょう

人ごみの中を縫う様に
静かに時間が通り過ぎます
あなたと私の人生をかばうみたいに