11月4日、今年最も話題となった言葉を選ぶ『現代用語の基礎知識選 2021ユーキャン新語・流行語大賞』のノミネート30語が発表された(以下表:11/4 ORICON NEWSから)。
その中にやはり「親ガチャ」も入っていた。
先日、現代若者の考え方や生きてきた時代状況の視点から、とくにこの「親ガチャ」という言葉を多く使う若者たちの心象を解いた土井隆義氏の『「宿命」を生きる若者たち 格差と幸福をつなぐもの』を大変興味深く読んだ(以下そのレビュー記事)。
「親ガチャ」という言葉の背後には、若者の心理的なものや、それまで生きてきた時代的なもの、また差別を作り出してきた社会制度や政治、政策など多くの課題が見える。若者が、差別を感覚的に捉えた流行語という意味合いだけでは決して論じることはできない。
最近目にした「親ガチャ」関連の記事3本を以下に引用した。まとめて読むと気持ちの上でも字面的にもなんかガチャガチャしてくるが、どれも一読の価値はある。最初の記事は上記の著者、土井隆義氏のもの。
2021年10月26日読売新聞
[今を語る]不安増大 生きづらい若者 筑波大教授 土井隆義さん
◆努力の先見えず 開かれた居場所作りを
若者の生活満足度は年々上昇している。その反面、将来や社会への不安は増す一方だと言われている。なぜこんなねじれ現象が起きているのだろうか。若者に広がる「不安増大社会」について、若者たちの生きづらさの背景を研究する筑波大学教授の土井隆義さんに聞いた。
努力すれば人生は変えられると考えるのは、時代の追い風があった50代以上です。30代以下は努力した先の展望が見えず、人生への期待もしぼんでいます。
《生まれた時の環境や親次第で人生が決まるという若者の人生観を表す「親ガチャ」が話題になっている。何が出るか分からないカプセル入りおもちゃや、ゲーム内のアイテムが不規則に当たる仕組みから派生した言葉だ》
生まれた境遇や容姿などについて、「容姿や身長では親ガチャ外れかも」「都会住みの時点で親ガチャ当たり」などと使われています。若者は他者の評価が定まらず、不安で仕方がないのです。そんな中、一番安定した基盤は自分が生まれ持ったもの。変わらない基盤で安心したいという気持ちが、親ガチャに当たれば自信を持てるし、外れれば仕方がないという諦めとして広がっています。
経済格差は広がる一方なのに、この20年ほど、生活への満足度は全世代で上昇していて、特に若者で顕著です。不満は希望と現実の落差から生じますが、人生の期待水準が下がり、その落差が狭まったため不満が減っていると考えられます。
人生の選択肢が広がり、多様な生き方が認められるようになったのも事実。しかし、自由に選べるということは、何を選んだらいいのかはっきりしないことでもあります。そのため、選択時には以前より多くの情報を必要とするようになりました。インターネットの浸透もその産物です。
でもSNSでは、きょう「いいね!」をもらっても、あすは非難されるかもしれません。他者の評価は安定しません。また、今は全体で目指す方向が明確ではないので、学歴や就職先への評価も変動しやすい。結局、常に中ぶらりんの状態にあるのです。
《戦後の高度成長期は、実質経済成長率が年10%以上の年もあった。バブル経済が崩壊した1991年以降の平均成長率は年1%未満だ》
バブル崩壊前までは努力すれば給料が上がり、生活が便利になるなど目標が明確で、みんなで上を向いて山を登る生き方をしてきました。でも今は山を登り切った平原を歩いています。どこを見て進めばいいのか分かりません。
かつて変化は良いイメージでした。転勤して昇進する、都会の大学に進学するなどです。でも今の若者は変化を不安視します。昇進することや環境を変えることはリスクが大きいと考えます。
彼らは仲間から浮いてしまうことも避けます。ネットやSNSの利用も、その多くは外の多様な人と出会うためではなく、自分と似た価値観の仲間との関係を深めるためです。そこだけが安心できる居場所と思っていて、外れるのは怖い。だから仲の良い友人にも過剰に気を使います。常に気持ちを探り合っているので、不安が余計に強まります。相手に負担をかけまいとするので、友人に悩み事を相談するのも難しくなっています。
《不安が募る若者への処方箋として、複数の緩いつながりを持つことを提案する》
人間には自分にも知らない可能性があります。同じ仲間だけで固まると、その可能性に気づけません。緩やかに開かれた居場所を複数持てば、不安も減らせるはずです。
今の若者にも長所はたくさんあります。環境に配慮した生き方、多様性の尊重などにたけています。コミュニケーション能力の高さも大きな武器です。多少のリスクはあっても、まずは一歩を踏み出してみてください。(聞き手・石塚人生)
〈メモ〉
厚生労働省の自殺対策に関する意識調査で「生きていれば良いことがある」と考える人の割合は、2008年は全年代で6割前後。16年は全体的に下がったが、若い世代ほど低下幅が大きく、20代では36.9%にとどまった。若者の不安や諦めの高まりを示しているといえる。
◎聞き手から 近年は数多くの講演をこなすという土井さん。若い頃は内気で、人前で話す仕事をするとは考えられなかったそうだが、「苦手だと断っていたら今の自分はなかった」と話す。私も苦手な分野から逃げずに挑戦しようと思う。20代の友人たちにも伝えたい。
◇どい・たかよし 1960年、山口県生まれ。今年4月から筑波大学社会・国際学群長を務める。専門は社会病理学、犯罪社会学。著書に「『宿命』を生きる若者たち」「つながりを煽(あお)られる子どもたち」(いずれも岩波ブックレット)、「友だち地獄」(ちくま新書)など。
○○ガチャ――ハズレ要素を諦める呪文(令和なコトバ)2021年11月8日 日本経済新聞・夕刊
とあるカプセルトイにハマったときのことだ。子どもに頼まれてやってきた母親を装い、スマホを見ながら「あー、これこれ」とつぶやいてから、ガチャガチャガチャガチャ、回す回す。なのに、お目当てがぜんぜん出てこないことに頭に来て、やぶれかぶれで自販機1台分のそのシリーズのカプセルトイを、通販で大人買いしてしまった。
まあ、うすうす気がついてはいたが、カプセルトイというのは、何が出てくるかわからないから、心ひかれるわけで。大量のカプセルが詰まった段ボールを開けたとたん、一気に熱が冷めて中身を取り出すことすら面倒に。今も大部分がカプセルごと、押し入れで眠っている。
最近物議を醸す「○○ガチャ」という言葉も、どんな中身が出てくるかわからないカプセルトイの自販機、いわゆる「ガチャガチャ」が語源といわれる。
その後、スマホゲームのくじ引きなども「ガチャ」と呼ばれるようになった。ちなみにこれはギャンブルと同じで、1回で夢のようなアイテムをもらえることもあれば、大金をつぎ込んでいくら回してもガラクタがたまっていくだけのことも。ゲーム本編よりガチャに夢中になって散財しまくる自分のようなプレーヤーも出てくるに至り、射幸心を煽りすぎると規制がかかったこともある。
そうして親を選べない子どもが、虐待、貧困といったシリアスな問題から、大切に取っておいたおやつを食べられたというようなライトな文句まで、親にさまざまなハズレ要素を感じたときに「親ガチャでハズレを引いた」というように使われる。
ツイッターで誰かが、親の悪口をつぶやいたときに使ったのが始まりとされるが、語源を調べていて、ネットの初期からある言葉だったことを思い出した。ただし、意味はぜんぜん違う。昔の親ガチャは、「親」が「ガチャ」と突然ドアを開け部屋に入ってきて、見られたくないものを見られてしまう状況のこと。のどかです。
一方の今は、子どもの嘆きというか、諦めの呪文というか。差し迫った状況でも使われることがあり、あちこちでガチャ論争が起きている。これをきっかけに、さまざまなツイていないことが「○○ガチャ」と呼ばれるようになった。
探してみると、あるわあるわ。親ガチャの次に広まっているのが「上司ガチャ」。ハズレ上司に当たってしまった不運を嘆くときに使われるが、もちろん上司のほうも黙っちゃいない。「部下ガチャ」という言葉で応酬だ。似たようなものに、生徒から見た「(クラスの)担任ガチャ」や「(部活の)顧問ガチャ」、先生や学校から見た「生徒ガチャ」なんていうのもあった。
自分の意志で選ぶ余地があったものの、後からハズレがわかるタイプのガチャもある。代表は「夫ガチャ」「妻ガチャ」。「隣人ガチャ」「不動産ガチャ」などもこのタイプだ。これらはハズレがわかったところで簡単に取り換えられないから始末が悪い。ほかに、「(車の)ディーラーガチャ」「主治医ガチャ」「ケアマネガチャ」などなど、世の中はガチャであふれている。(ライター 福光 恵)
今年話題となった新語・流行語大… コラム|滴一滴 11/9山陽新聞
今年話題となった新語・流行語大賞の候補30語が発表された。新型コロナウイルスや五輪に関連したものが多い中、目に留まったのが「親ガチャ」だ▼ガチャとはレバーを回すと商品が出てくるカプセル式自動販売機のこと。自分では商品が選べないことにちなみ、親は選べないといった諦めを表す言葉としてインターネット上で広まった。「親ガチャに失敗した」などと使うらしい▼虐待などの問題を抱えた家庭もあるし、経済格差もある。コロナ禍で苦境に立つ人もいる。どんな家庭に生まれても、希望を失わずに済む仕組みをどうつくるかが政治に問われる▼そもそも人生はガチャの連続だろう。生まれる国も時代も選べない。ネット上には「時代ガチャ」という言葉もあった。思い浮かべたのは大正生まれの人々のことである。続く昭和の時代に日本は戦争に突入し、徴兵された男性の多くは大正生まれだった▼結婚相手になりそうな年ごろの男性の多くが戦死したため、結婚は諦めていた―。そう書いていたのは大正14年生まれの脚本家、故・橋田寿賀子さん。後に4歳下の男性と結婚したが、同世代が失われた感覚が強かったのだろう▼平成や令和に生まれた人たちは「時代ガチャに失敗した」と言わずに済むだろうか。この国の政治の行方も、世界の気候変動対策の行方も気にかかる。
(2021年11月09日 08時00分 更新)