<2024.05.13>最下段/中島みゆき展写真挿入
<2019.09.23>起掲

 

 

 

 

中学時代(1980年~1983年)、ほぼ同じ頃にギターを覚えた友達がいた。彼とは同じ高校に進み、一緒にバンドを組んで、一緒に歌を作って、ポプコンの山梨予選に出たりした。

 

彼は中島みゆきの大ファンで、当時よく中島みゆきのLPを貸してくれ、私は松山千春のLPを貸した。

 

1978年4月にリリースされたアルバム『愛していると云ってくれ』もそのうちの一枚で、そこに収録されていた「世情」を聴いた時にはあまりの凄さに無言になった。

「世情」は1981年3月20日に放送された「3年B組金八先生」の第2シリーズ第24話「卒業式前の暴力(2)」で挿入歌として使用された。

 

リアルタイムで見ていた方々には釈迦に説法だと思う。

 

直江喜一演じる加藤優と沖田浩之演じる松浦悟が校内立てこもりの末に警察に逮捕・連行される。生徒たちが逮捕されるシーン、生徒たちを守ろうと必死になる金八先生と先生方、護送車が走るシーンなどがスローモーション中心に流れ、そのBGMとして「世情」がフルコーラスで流れた。

 

衝撃的だった。このシーンのために書き下ろされたと言ってもいいぐらいマッチしていた。

 

中島みゆきは1970年、札幌にある藤女子大学(1961年開学)に入学した。とくに1960年代の後半は、日本の大学で、ベトナム戦争、1970年失効の日米安全保障条約の自動延長、各大学の学生抜きの権威的な運営などに反対する学生運動が巻き起こっていた。

 

この影響で、全国各地で建物封鎖や授業放棄、休講、ストライキなどが起きた大学は1968年時点で127大学。4年制大学の34パーセントに上る。翌1969年には全体の4割を超える153大学を数えた。

 

札幌にある北海道大学(北大)でも、史上有名な「北大闘争」と呼ばれる紛争は1969年にピークを迎えた。

 

学生が”自分たちの力で社会や政治を変えることができる”と心から思い、戦っていた時代。結果はともあれ、社会に対して学生が力を持っていた時代と言えるかもしれない。

 

ただそれも、1969年の東京大学本郷キャンパス安田講堂占拠事件制圧を契機に一気に下火に向かった。1970年代に入ると、学生運動は残っていたものの、学生団体それぞれの中での分裂抗争的な要素が占めて、学生は厭世的になり、やがて消滅していった。

 

ちなみにこれを境に、フォークソングも「関西フォーク」に代表される反戦・反権力など社会的なテーマから、「神田川」(1973年)を初めとするいわゆる”四畳半フォーク”と言われた日常的で私的なシーンを歌うものに変わっていったという音楽評論家もいる。

 

中島みゆきもこれらの学生運動、歌詞に歌われているような人々のシュプレヒコールを見たのかもしれない。若者の思い、ムーブメントに対する温かな視線を感じる。

 

中島みゆきが学んだ藤女子大学(現在の北16条キャンパス)は上述した北海道大学のすぐ近くにあり、入学した1970年当時、まだ学生紛争の余熱の中、中島みゆきがそうした運動を目にした可能性はじゅうぶんにある。

 

したがって私は、歌詞に歌われている「シュプレヒコール」は学生運動の中でのそれと位置付け、楽曲全体もあのムーブメントを前提にしていると捉えている。

 

歌詞にも「学者は世間を 見たような気になる」とあるように、事の良し悪しは別として、あの当時、自分たちの理想に向かって戦う若者をどこか冷笑するような視線で見ている人もいたのかもしれない。

 

「過去」と「未来」、「保守」と「革新」の争いはいつの時代にもある。

 

また、当時の学生運動や取り巻く状況に関する論文、著作を読んでも、当然ながら論者、著者によって諸説様々である。

 

私なりの捉え方で「世情」という歌について少しでも語ろうとする時、歌自体というよりもその時代背景やあの運動の経緯、捉え方などを端的に語ることの難しさが先立つ。

 

(「世情」を歌う中島みゆき/「縁会」より)

 

「金八先生」の映像に話を戻すと、逮捕・連行された後、警察署内の会議室で、立てこもりの舞台となった学校側の先生方、金八先生側の学校関係者、生徒の保護者、PTA代表者の間での協議が始まる。

 

会議室での協議のシーンはおよそ20分、私の中ではリアルタイムで見た中学1年以来、忘れられないシーン。

大人たちが、子どもたちを捨て身で守った名シーンである。

おそらくワンテイクではないかと思うほど、それぞれの俳優たちのたどたどしくつっかえたセリフが多い。しかし、それがいい。各俳優の気持ちが溢れるほど込められている。

 

釈放された加藤、松浦を金八先生は殴り抱き寄せる。

 

「貴様たちは俺たちの生徒だ。忘れるなよ」

 

二人は号泣した。

 

今はこういうシーンは、鼻で笑われたり軽く流されるのかもしれない。ともすると、シーンの脈絡を考えずに、先生が生徒を殴っていいのか、という話しになる場合もあるだろう。

 

ドラマとは言え、こうした生徒、子どもを思う大人たちの熱く大きな気持ちが生き続けてこそ、子どもたちと社会の未来はあるのだろうと、変わらず思う。

 

同じく「変わらない夢を 見たがる者たち」(「世情」)に成り下がる前に、まずは私自身が若い世代の人たちを大切にする、若い世代の人たちの感覚を信頼し尊重する。そうした積み重ねの中に社会の未来はあるのだろうと、あらためて思う。


 

世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが 悲しい思いをする

変わらないものを 何かにたとえて
その度崩れちゃ そいつのせいにする


※シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく

変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため


世の中は とても 臆病な猫だから
他愛のない嘘を いつもついている

包帯のような嘘を 見破ることで
学者は世間を 見たような気になる

 

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため

 

※3回Repeat

 

 

中島みゆき「縁会」2012~3

ダイジェスト・トレーラー(公式)

「世情」(9分46秒~10分29秒)

中島みゆき―「世情」(二宮愛Cover)

 

中島みゆき展 「時代」2024 めぐるめぐるよ時代は巡る

CHAPTER7「言葉の森」から「世情」歌詞(2024年5月8日鑑賞)

 

 

 

 

【更新履歴】

<2024.03.28>再掲
<2024.02.08>加筆、編集

<2024.01.18>再掲
<2023.07.23>再掲
<2023.07.06>「縁会」公式映像挿入
<2021.07.19>映像再々差替え挿入
<2021.05.09>一部加筆、映像差替え挿入